明日への光は
毎日必ず昇ってくる。
雲の上では
いつも腫れていて、
ポカポカしていて、
まるで天国。
「あ〜あ、早く大人になりたいな」。
小さい頃
誰かから聞いた言葉。
意味はわからないけど
私はこの言葉が好きだ。
きっと何かを追いかけている。
追いかけている人は
何をしている人より美しい。
そう、何となく思うのだ。
今までを振り返っても、
空はずっと晴れていた。
ただそれだけ。
子どもの私には
よく分からない毎日ばかりだ。
雲の下には人がわんさかいる。
働き詰めの人もいれば、
偏愛している物がある人もいる。
泥のように眠る人、
不眠で困っている人。
上で見守ることしか出来ないけれど
大人とやらになれば
下へ行って手助けができると聞いた。
だから私は今日も言う。
「あ〜あ、早く大人になりたいな」。
大人というのは苦しいものだと、
誰かが言っていた。
なってみないとわからないじゃないか、と
私は言った。
大人というのは汚いものだと、
誰かが言っていた。
綺麗な人なんか何処にもいないよ、と
私は言った。
意味は知らないけど
大人になってみたかった。
そしてついに下へ降りる許可が出た。
つまり私は今、「大人」という訳だ。
"Good Midnight!"
下には日が来なくて
真っ暗だった。
雲が覆い茂っていて
人はみんな寝ている。
ふと、
1人の綺麗な翼を持った少女を見つけた。
屋根の上に座って、
暖かくは無い光を眺めている。
どうやら月というらしい。
その少女は言った。
あ〜あ、早く大人になりたいな、と。
大人だから下へ来れたんじゃないの?
私は少女に問いかけた。
ここはね、
私たちが寝てる時に人が動いて
人が寝てる時に私たちが動けるの。
思い返せば、
何のために下へ降りるのか
わからなかった。
手助けができるってだけ。
手助け以外に何ができるというのだろう。
少女は続ける。
大人になったら気づけるよ。
みんな大人のフリした子どもなんだ。
何もできない、見ているだけ。
結局上にいる時と変わらないんだよ。
真夜中を楽しむ、
夜更かしを楽しむための列車。
行き先が気まぐれの通称迷子列車、
「夜の鳥」。
私は裏方社員なので
利用したことがなかった。
ただ
もう今年で仕事を辞めようと思った。
夜眠れない人や
退屈してる人を楽しませたいという思いで
夜の鳥の社員になったけど、
近頃は自分が夜を楽しめなくなって
不眠になった。
会社を回すのに
私はお荷物だと思ったので
退職しようと思った。
1回くらいは乗ってみようと
足を運んだのだが、
運転手はいつも無線で聞いている
ポンデリングの髪型の
ポンデちゃんだった。
私を見るやいなや、
辞めないでくれと懇願された。
他に数人乗車待ちをしていたので
また後でとなだめて
夜の鳥に乗った。
モノレールみたいに
高い位置に線路が敷かれ
そこを走っている夜の鳥では
大きな窓から綺麗な夜景が見えた。
ポンデちゃんは
一室一室にアナウンスをするような
暇な人なので
きっと夜景は腐るほど見てきただろう。
でもネオンの光や
オレンジの暖かい光が
私の視界を包んできて
本当に綺麗。
ドアを開け
外の通路を歩いていると、
上に満天の星空があることに気づいた。
下からじゃ街灯とかの光で
見ることの出来ない光景だった。
"Good Midnight!"
上を見ていてよかった。
涙は溢れるけど零れない。
あー、この仕事、
楽しかったなぁ。
やりがいも楽しさも
ずっと感じていくものだと思っていた。
私の仕事はずっとこれなんだと
何となく思っていた。
辞めたくないけど
辞めた方が会社と自分のため。
でも星を見てわかった。
やりたくてもできない事は我慢し、
やりたくない事もやり、
変わることが変わらない世界を
生きていって人は散り、
やがて星になるんだと。
今ではもう遠い鐘の音が
もう耳障りじゃなくなった。
前までは
もっとずっと近くにあって、
鬱陶しいと、早く無くなってくれないかと、
思ってた。
家を出る時も帰る時も
毎回目に、耳にする
その鐘が、音が、
全てうざったく思えた。
イライラしてる時なんか特に。
明日が嫌でちょっと外に出た時も
その鐘はそこにあるから
もう引っ越そうかとすら思ってた。
ある日家の前に
黒いイタチが座ってた。
イタチなんか
ここら辺じゃ何処にでもいるし、
無視して家に入ろうとすると
私の頭の上まで大ジャンプをして
一緒に入ってこようとした。
最初はびっくりして振り落としてたけど
最近は家に入れても大人しいし
朝私が外に出ると
イタチも外に出てどこかへ行くから
放っておいていた。
友達が少なく
恋人なんかいるはずも無い私にとって
正直イタチといるのは居心地が良くて、
親友みたいな関係で、
小さな身体が大きな存在になっていた。
鐘のことなんかどうでも良くなるくらい。
紅葉が見頃の季節、
イタチは鐘と共に姿を消した。
噂によると
鐘はもう随分古くなっていて
置いておくと危ないので
撤去したとのことだった。
いつの間にか慣れていた鐘の音が無くなり
失って気づくということは
こういうことなのだろうかと
重さを感じない頭を触りながら思った。
"Good Midnight!"
ありきたりな起承転結。
私の人生に2年も関わっていないイタチと
5年は関わった鐘。
どちらも同じくらい
私の日常になっていたなんて。
空から白い丸が降ってきた。
雪だった。
柔らかいからすぐ積もった。
でもすぐ溶けちゃう。
服にはしみ込むし、
手なんか氷水みたいに冷たい。
でも埋めるのが楽だから
寒くても冷たくても
雪が大好き。
私の大好きなものを埋めれるから
雪が好き。
それに自然冷凍されるから
大好きなものが大好きなまま居てくれる。
とっても嬉しい。
毒殺だと苦しそうな顔のままだから嫌。
撲殺だと跡が残っちゃう。
やっぱり刺殺が1番。
なんと雪は血まで埋めてくれる。
いち、に、さん、よん、
ご、ろく、なな、はち、
きゅう、じゅう。
大切なもの1つ1つの真上の雪に
数字の旗を立てていく。
こうすればひと目で
どれがどれかわかる。
これは猫、これはリス。
愛情を注げば注ぐほど
それらは朽ちていく。
動いてるそれらより
止まっていて、朽ちてるそれらの方が
よっぽど可愛い。
でもたまに
ぐぅーっと胸に圧がかかる。
息が苦しくなる。
あー、不安。
みんなの上で寝っ転がっても
温もりを感じるより先に
雪が染み込んでくる。
"Good Midnight!"
動物じゃなくて雪を愛せたら。
そのスノーが
溶けてしまって
冷たくて痛かった。
夜空を超えて
私はまた新しい地へ降り立つ。
星屑の子という名を与えられてから、
私はただひたすら
世界を飛び回る役割を果たしている。
星空のクジラがジャンプするところを
見たことがあるし、
星座のスープは
3日に1回は飲んでるし、
星のカケラも集めたりばらまいたり。
結構毎日が充実していて
どこへ行っても
やっていける気がしてた。
星のブランコに出会うまでは。
他のブランコと何が違うのか
私にもわからない。
わからないけど、
何故か惹かれる。
ガラスみたいに透き通ったブランコで
漕ぐと不定期に
ブランコの中にある星が光る。
その光り方に魅了されるのか、
ブランコの透き通り方に魅了されるのか。
とにかく目を奪われる。
ずっとここに居たいと
思ってしまう。
私は星屑の子だから
ずっと同じ地には居られないのに。
夜空を超えて
朝日の向こうへと
飛び回っていなければいけないのに。
これじゃあもう
私やっていけない。
この役割をすごく気に入っていたけど
数回しか乗ったことのない
ブランコに負けてしまう。
私の飛び回る気ままな真夜中が
終わってしまう。
でも1つ願いが叶うなら、
流れ星にお願いができるなら。
"Good Midnight!"
星のブランコはいつの間にか
少女の像が漕ぐブランコとなった。
少女の像の中には星屑が煌めいていて
まるで星屑から生まれた子みたいだった。