夏草なびく、
涼風のさーっと通る感覚。
夏草が風で表や裏を向く姿は
とても美しいと私は思う。
夏なのに涼しい風が吹いて
夏なのに蝉の声は聞こえなくて
夏なのに、
入道雲の貯めた雨で
夏草は水浸し、
大きな水溜まりまである。
まだ雨は残っていて
狐の嫁入り、
天気雨となって降り注いでいる。
こんなに綺麗な夏草、
私一人で見るには勿体ないが
独り占めしたいくらい
私の好きな景色だ。
ここで私の苦手な
絵の具を使った水彩画を描いたり、
夏にピッタリの小説を読んだり、
夜はたくさんの星に囲まれて
風に吹かれながら花歌を歌ったり。
自然が無償で人間を愛するように
私も愛してあげたい。
"Good Midnight!"
大雨で川ができた時、
私はきっと
もっと綺麗な夏草に出会える。
大切にしたい物も
ずっと一緒にいて欲しい物も
ここにある。
ここにあるはずなのに。
私にとって他の人ってのは
人形みたいなもの。
だから私も人形に化けるの。
周りに合わせてついて行って
用がなくなったら
また新しい人形について行く。
でも家に帰ったら
こんなすぐに
腕がちぎれちゃいそうな人形たち、
どうでも良くなってきちゃう。
トモダチなんて仮初すぎて
笑えてきちゃう。
私はきっと
自分が困った時に
助けてくれる人が欲しかっただけ。
結局はみんなそう。
人は助け合わないと生きていけないから
無理にでも関係を作らないと
ここでは生きていけないから…。
"Good Midnight!"
ここにあったはずの
大切なものは
1つまた1つと消えていき、
人形だけが増えていく。
ここじゃないどこかを
探しまわった夏。
似てる景色はいくつかあったけど、
こんなのじゃない。
剣と魔法があって、
あてもない旅を続けられて、
街以外は大きな草原。
ここには剣も魔法もないし、
旅を続けるには
仕事をしなくちゃならない。
ここには魔物も何もいなくて
討伐依頼なんか出ないんだから。
街ばかりで草原なんかありゃしない。
ずっと街、街、街。
あぁ、
こんなに不安でいっぱいなのに
好きな世界じゃないなんて。
ずっとこの不安が続くんだと
考えただけで
今死んだ方がマシな気がしてきてしまう。
転生とか出来ちゃうんじゃ?
そしたら望み通りなんじゃ…?ってね。
人生が一度きりか、
異世界への転生があるのか、
そんなこと誰も知らないから
私はまだ身を投げられない。
でもね、
少し夜が楽しいと思えてきたんだ。
多分私のことだから
影響されやすくてされたんだろうなぁ。
"Good Midnight!"
昔はずっと香ってた。
窓を開けては嗅いでいた。
夜の匂い。
今はもう分からなくなってしまったけれど。
今夜も家の屋根は冷たい。
三日月を屋根の上から見る
素足のままで。
もう一歩だけ、
あと少しだけ踏み出せたら。
鼓動が早くなって
汗をかくばかり。
緊張は何歩も先を行くのに、
私は動けないままだ。
炭酸が抜けたラムネみたいな
退屈でつまらなくて、
なんでここに居るのかすら
忘れそうになる。
そんな日々が始まろうとしてる。
足がすくんで家から出れない。
私ってなんで嫌なところに行くんだろう。
なんで縛られてるんだろう。
何も考えずに
じっと耐えれるようになるのは
だいぶ慣れてからだ。
始めはどうしても
行きたくない気持ちが溢れ出る。
"Good Midnight!"
背中を少しでも
押してくれる人がいれば
私はもう少し楽に
そのまま踏み出せたのになぁ。
見知らぬ街をいい気分で歩く。
今日の私は無敵だ。
冒険に胸を高鳴らせ
これからの毎日に
希望を抱いている。
キラキラ輝いてるんだ。
酒場では初めて会う街の人と
一緒に飲んで
バカ騒ぎとまでは行かないが、
盛り上がっていたり、
手から出る、この、
バフっとした風のようなものを
足元に打てば
少し飛べるということがわかったりして、
楽しい日々を過ごしている。
もちろん滞在する街は1つじゃない。
転々として
好きなだけそこにいる。
道に迷うのすら楽しくて
山を超えてしまったり、
たまに前行った街に戻ったりもする。
自由に、しかも徒歩で歩き回るもんだから
酒場では気ままな猫という名が
知れ渡っているようだ。
自分で言ってはあれなのだが、
私は中々の話し上手で
どの街でも気に入ってもらいやすい。
そのお陰で今ここにいると言っても
過言ではないほど支えてもらった。
"Good Midnight!"
旅に終わりなんかいらない。
楽しいこと、好きなことだけ
ずっとしていればいい。
このまま甘い蜜だけ
吸ってしまえば。