何十年も使ってた時計が壊れた。
星空と三日月を映した
夜の海の絵が描いてあるオシャレな時計。
最初は5分ズレただけだったけど、
20分、50分、と、
だんだん時計の意味が無くなってきた。
それでもこの時計を使い続けるのは、
この絵が好きだから。
ほぼ絵画みたいなもんだな。
でも、
そこらの絵とは何か違うんだ。
絵を見てると、
真夜中、突然海に行きたくなる。
海は家から近いけど、
田舎だから街灯が少なく
夜道は暗くて怖い。
でも海に行きたくてしょうがないんだ。
さっさと寝たらいいんじゃない?って思うでしょ?
私よふかし大好きで、
海に行きたくなる前まで、
ずっと朝方まで起きてたから
そんな簡単に寝れないの。
今日ついに
抑えきれなくなっちゃって、
でも怖くて、
時計を持って海へ行った。
思わず声が出ちゃうくらい
綺麗だった。
時計の絵と同じ、
星空と三日月を映した海が、
時計でしか見れないと思っていた景色が、
目の前に広がってた。
現実とはかけ離れた、
非現実。
今この瞬間の気持ちを
ずっと忘れないでいたいと思った。
こんな真夜中には
この言葉が1番だと思って、
私が大好きな漫画の一言を
口にしてみた。
"Good Midnight!"
少し恥ずかしくなって、
塩の混じった空気を
肺いっぱいに吸った。
ある人から貰った手紙。
別に、そんなに仲が良かった訳じゃないけど、
文通を始めた。
今どきスマホがあるのに、
なんで文通しようと思ったんだろうと、
お互いよく分からないまま、
3年ほど経った。
今日の手紙はなんだかおかしい。
いつもより文章が短いし、
書きなぐりのようにも見える
ぐちゃぐちゃな字。
どういう訳か、
なんとなく裏返してみた。
「しにたい。」
と、
一言だけ書かれていた。
びっくりして、
すぐその人に手紙を書こうと思った。
お願い生きて。なんて無責任な言葉は、
絶対に使いたくなかった。
できるだけ
いつも通りの文章で、
できるだけ
暖かい言葉を使って、
最後に私が大好きな漫画の
ある一言を書いた。
"Good Midnight!"
なんだか少し洒落てしまった。
でも今のあの人には
丁度いい。
生きてる間に届けばいいなと
少し曇った空を見上げた。