心の健康
僕の一日は君のおはようで始まって、君のバイバイで終わる。
7:00。いつも通り僕はお気に入りのタンブラーにコーヒーを注ぐ。君の話を聞きながらゆっくり飲んで、時計を見て焦るまでがルーティン。ようやく少しだけ席を離れてバタバタと身支度を済ませて、予定時刻ギリギリに君を抱えるように家を飛び出た。
7:48。電車に揺られながらも君は話しかけてくれる。昨日あったこと、最近ハマってるお菓子、いつかやりたいこと。君の声は勇気が出る。君が毎朝話続けてくれるから僕は毎日仕事へ向かえる。そして最寄り駅から6駅目いつもと同じ時間、君は欠かさず言ってくれる。今日も一日頑張ろう!と。
13:00。今日の君のご飯はコンビニのおにぎりだったらしい。珍しくいつもと違う昆布にしたと。いつもと同じ野菜ジュースと昆布おにぎりの写真が送られてきていた。
僕もコンビニおにぎりだよ!僕は鮭にした(*´꒳`*)そう返信する。
毎日同じで味気ないコンビニおにぎりも君と同じなら美味しい。心からそう思った。
午後、僕は仕事でミスをした。怒鳴る上司、冷たい視線の同僚。こんな時、人はどうしようもなく惨めだ。気を緩めば涙すら出てきそうなままデスクへ戻る。視線を上げれば君のキーホルダーがあった。いつもデスクにかけている僕のお守り。大丈夫。いつだって君は笑いかけてくれる。僕はキーホルダーを握りしめてまたパソコンの画面に向かった。
帰り道も君の声を聞きながら電車に揺られる。もう既に22:30。君はゲームを始めていた。君が楽しそうだと僕も笑顔になれる。君は僕が家に着いてからもずっとゲームをしながら話しかけてくれて、僕をひとりにしないでいてくれる。ご飯を食べる時も、お風呂に入る時も、終わらなかった仕事を広げている時も。
25:30。もう寝なければいけないがどうしても寝たくなかった。今日が終われば明日が来る。それがどんなに恐ろしいことか。布団に入ってもどうしても目を瞑れない。心臓が鼓動を早くする。明日への焦りでどうにかなりそうだった時。君の声が聞こえた。
私が終わりって言うまで今日は終わらないの!!寝なきゃいけない人は寝ていいよ!寝たくない人は寝なくていいよ!まだまだ、私はここにいるから!今日はまだ終わらないから!!
僕のことなんか知らないはずなのに、知ったこっちゃないはずなのに。いつもいつも君の言葉は僕を励ましてくれる。
寝なくてもいい、その言葉どおり僕は君の声に体を任せることにした。
次元の違う君も今を生きている。そんなことを考えながら目を閉じた。
気づけば僕は寝ていたらしい。けたたましい目覚ましの音で目を覚ました。
ふと見れば枕の傍には君が転がっていた。言っていた通りずっとここにいたらしい。
僕はおはようと君に送る。
君は眩しい笑顔で僕に返してくれた。
おはよう!
あなたがいたから
「ペットショップは嫌い。」
ショウウィンドウの中の子犬は楽しそうに彼の指先を追いかけている。
彼の声が小さかったから、僕も隣に座ってみた。
「考えすぎってよく言われるんだ。」
確かに、とは言えなかった代わりに子犬の鼻先をとんとんと軽く叩いた。
「帰ろう、キンちゃんが待ってる。」
白い指が僕引っ張って歩き出した。
「ただいま。」
彼はいつも水槽の中のキンちゃんに声をかける。
前に一緒に出かけられないのが悲しいと言ってた。
人間は可哀想な子や悲しい思いをした子の方が手をかけてやりたくなるらしい。
彼は勝手に可哀想、悲しそうと思い込むところがあるから余計にそれがひどい。
だから彼は僕のことも可哀想だと思ってる。
可愛そうだなって目でいつも撫でてくる。
僕のせいだね。
そんなことも言ってくる。嫌だなぁ。
今日は一緒にお風呂入って、一緒に寝るみたい。
嬉しいけど足がちょっと冷たいね。
僕があっためられるかな。
昔はね、僕も可哀想に見えたかもしれないけど今は全然可哀想じゃないんだから。
その考えすぎな頭でいっぱい考えてはやくわかって欲しいな。
僕は幸せだよってこと。
相合傘
あの子はいつも放課後に1人で黒板を使う。細くて白い指はマメだらけで、爪も少し黒くなっている。毎日何時間もシャーペンを握りノートの上を滑る手。この子はあまり目立たない子だから僕に触れるのは毎日この時間だけ。いつも書くのは西日が差し込んで少し色の変わったところ。そっと親指と人差し指と中指が添えられる。7画。7画。一息ついて、控えめに1画。割れないように気をつけてくれる。そういう子。どんな顔して書いてるんだろうな。僕は何度でも君の傘になるけど君を守れはしないから、いつか君が右肩を濡らせますように。
相合傘が本物になりますように。出来れば僕が消えちゃう前にね。
落下
うっかり、みたいなね。よくあるんですよ。あの子も。まぁ僕なんかにもすぐに、ごめんごめん!って言ってくれるあたりは可愛いなって思いますけど。さすがに僕も許してやれない時もあるというか。何回か脅したりしたんですけどね。そんなに雑に扱われたら亀裂入っちゃってもう戻んなくなっても知らないぞって。まぁ僕ら片時も離れないんだから仕方ないっちゃ仕方ないか。日中も家でもなんなら寝る時も一緒だしな。たまのうっかりくらい許してやらないと。愛想つかされちゃったらいやだし。でも最近ちょっと僕の調子がおかしくて。すぐに体力無くなったり、目の前が真っ暗になったり、頭痛なんかもしちゃって、あの子と過ごせる時間ももうちょっとなのかなぁ。
、、、え?体がダメんなっても脳みそだけを入れ替えて生き続ける方法があるらしい??!君との記憶(メモリー)が消えないなら、、、
『ゴトッ』
「こんにちは」
学校からの帰り道。普段は話さない人とたまたま帰る時間が被る。「一緒に帰る?」「う、うん!」曖昧な返事をする。お腹すいたね、とか。あの先生だるいよな、とか。たどたどしくも何となく心地いい会話。無言になると気まずいけど嫌では無い空気感。あっという間に分かれ道。「またタイミングがあったら一緒に帰ろう。」嫌じゃないんだなって安心感と次があるかもしれないときめき。別れてからもさっきの会話を思い返して、胸の高鳴りは治まらなかった。