その日は、母の葬儀だった。
準備や諸々の手続きに忙殺され、葬儀中はお決まりの言葉や尚香の際のお辞儀に応えなければならなかった。
そのため、悲しむ余裕さえなかった。
葬儀は残された人のためにあると思うが、僕自身のための時間は取れなかったように思う。
それが悲しいへの防衛手段だったのかもしれないが。
葬儀が終わり、僕はやっと煙草を吸うために、外に出ることができた。
身も心も疲弊した僕とは反対に、空は青く透き通っていた。
煙を吸い込み、吐く。
灰を落とす。
この一連の動作が、今の僕には何よりも必要だった。
落ちていく灰を目で追っていると、アスファルトの上を歩く2匹のてんとう虫を見つけた。
2匹は横に並んで、一生懸命に歩いていた。
その姿に親子の姿を映し見てしまうのは仕方なかった。
2匹の距離は近く、手が重なる瞬間には、手を繋いでいるように見えた。
その繋がっている手には、母子という動物本来の力強さがあった。
歩いたことに満足したのか、1匹が飛び立とうとした。
しかし、もう1匹は羽を広げることはできなかった。
何とか一緒に飛ぼうと、もう片方が懸命に手を引くが、それは叶わなかった。
少しの間2匹は、向かい合っていた。
その後1匹は、もう1匹を残して飛び立っていった。
名前の通り、太陽へまっすぐと飛んでいった。
太陽の光が目に入ってくると同時に、涙がこぼれた。
もう1匹のてんとう虫は、手を振っているように見えた。
こないだ見た夢だ。
大学生活を謳歌し、暇を持て余している僕が見るには、
あまりに想像力豊かな夢だったように思う。
〜〜〜
それは深い森の中だった。
鬱蒼と生い茂る雑草を掻き分け、僕は当てもなく進んでいた。
草たちはお化け屋敷の小道具のように薄気味悪く肌に触り、木たちは迷惑そうな様子でこちらを見ていた。
なぜ僕がこんな目に遭わないといけないのか。
なぜみんなそんな顔をするのか。
僕だけが世界から、宇宙から切り離された感覚だった。
森の中にいても、目には見えないが、そこには確かに壁があった。
僕はその壁を壊そうと叩きまくった。
何度も何度も叩き、砕けた破片が拳に刺さって、透明な血を流した。
それは暖かな涙だった。
涙そのまま僕の体を伝い、溶けた雪のように地面に染み込んだ。
すると小さな芽がでた。
とても小さいが、これから大きくなることを予感させる力強い芽だ。
その芽は段々と成長し、大木となった。
そしてその大木を中心に森は、よくあるような自然な森へと変わった。
もう薄気味悪い草も、迷惑そうな木もいない。
みんなそこに存在していて、僕はその息遣いを感じることができた。
僕は深呼吸をした。
木々の間を通り、草の匂いを運ぶ風のように。
〜〜〜
そこで僕は目を覚ました。
なんかよくわならない夢だったなあ、、
外では、葉がさらさらと音を立てて揺れていた。
ああ、もうすぐ春か。
芽吹きのときだ。
終わらない物語
タロットカードの13枚目『死』。
嫌な意味を連想するこのカードには
「変化」という意味もある。
「終わった、、」と思う瞬間。
何かが死に絶えるが、それによって変化が起こる。
その後、物語は終わってしまうのだろうか。
新しい章を始めるためのエピローグではないのか。
物語を終えてしまうかどうかは自分次第。
新しい章を想像し、いい終わり方にしようとするのも
自分次第だ。
物語は終わらない。
例え、物理的に死んでしまったとしても、
それを観測した誰かが紡ぎ続ける。
本を書き、本棚を埋め、図書館を建てるまで。
アカシックレコードもこんな感じなのかもね。
人は透明な涙を流すことができる。
しかし、人も自分もそれに気づくことは少ない。
多くの場合、それは知らず知らずのうちに流れている。
人知れず降り、静かに溶ける雪のように。
その溶けた雪は、心のような空模様を映し出すのだ。
嫌なことを言われても空気を読み、愛想笑いしてる時。
ダメと分かっていながら、自分を止められない時。
生きるために、自分を傷つける時。
その涙は、確かに流れている。
傷を癒すように、そっと優しく。
透明な涙に気づくには、より多くの色を与えてやる必要がある。
色は世界中にある。
自分の心にも、相手の心にもある。
自分に合う色を探し、透明な涙と一緒に流すこと。
虹はそうやって見つけるのだ。
静寂が包む夜の街路
ふと目を瞑ると頬を撫でる優しい風を感じる
星空の囁きのような美しいその風は
たくさんの匂いを運んでいる
どこかの家のお風呂の匂い
賑わってきた居酒屋の匂い
美味しそうに吸われている煙草の匂い
そして目を瞑る時に溢れた、私の涙の匂い
この風は今日も人の想いを纏う
それは巡り巡って、あなたのもとへ