小さな幸せについて
幸せ とは1人1人違う喜びだけど、軸は同じなのではないかと思う、
家族と過ごす事、友達と遊ぶ事、寝る事が幸せに感じる人がいる。
普段、幸せについて考える事は少ない、それはきっと大人になり成長するにつれどんどん少なくなってしまうのではないかと思う。
私はいわゆる健康体だ。走り回れてご飯を食べれる。休日には好きな事をし、勉強だってできる
それを世間では 普通 と呼ぶ
私が昔見た映像が今でも心に残っている
病気の治療をしている子供たちの映像の中で看護師が言った言葉だ
「この子達は何にでも喜びを感じるんです。
アニメを見せたら 見せてくれてありがとう、と
お散歩に行ったら 連れてきてくれてありがとう
抗がん剤の治療の中、数日食事が取れない日が続き、やっ
と1口ご飯を食べる事ができた時、美味しい、嬉しいと」
全部全部 普通に生活してたら当たり前の事なのにと思うと同時にきっと今の私には普通のありがたさが分かっていないんだと実感しました
自分がやってもらいたいことをする
手を抜かない
佐野医師
先生が学校最後の日だった
今までの担任の中で1番の先生でした、初めての会話も初めて名前呼んでくれた事も全部覚えてます
先生の最後にあえてよかった 会いに行ってよかった
私もほんとうの意味で中学を卒業出来る
もうあの門の中には入らない これからは自立できるように
先生へ たぶんもう会うことはないけれど いつか会える日まで健康で、変わらぬ優しさをもっていて下さい じゃあまた、
A先生に今日坂の下で会えた
名前呼んでくれたの懐かしかったな
もっと話したかった 髪巻いていけば良かったな、
ストリート系だねっていってくれたね笑
坂一緒にとぼってくれてありがとう、
半年ぶりくらいに学校で先生にあった
実は昨日駐輪場で見かけたけどどうしても話せなかった
名前も呼んでくれた 少し意地悪な所は変わってないんだ
文化祭来て欲しかったなぁ でも来て欲しくない気持ちもある
今はもう違う生徒に目を向けてるんだよね
半年に1回しか会えない関係ってなんて言うんだろうな