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9/7/2024, 6:42:58 PM



【踊るように】

 タンタン、タン。
 「おめでとう」とスマホのチャットアプリに打ち込み3分が経過した。未だに送信ボタンを押すことはできていない。この言葉が本心ではないとはいえ、軽く人差し指を動かすだけで済むことなのに、頑なに動いてくれない。どのような言葉を打ち込めば、この指は送信ボタンを押す気になってくれるのだろうか。キーボードの右上にある消去ボタンを、さっと左へスワイプさせる。一気に「おめでとう」という文字が消えた。

 トーク画面の1番下には、相手から送られてきたスタンプが表示されている。わーいという文字と共に、可愛らしいうさぎの絵が描かれている。何がわーいだ。人の気も知らずに。
 私がこんなにも悩んでいるのは、彼女から送られてきた1つのメッセージが原因である。

 「聞いて聞いて、彼氏ができた!」だと。客観的に見ればとてもおめでたいことなのだが、私にとっては違う。何故なら彼女のことを恋愛対象として見ていたからだ。いや、恋愛対象どころか、恋人になりたいとはっきり思っていた。

 いつかはこうなるだろうとは思っていた。お互い永遠に恋人ができない可能性の方が低いし、うんざりするほど彼女から「彼氏ほし〜」という言葉を聞かされていたからだ。本当に、人の気も知らずに。

 「彼氏ほし〜」という言葉から、彼女からして私が恋愛対象外であることは明白だった。彼氏ということは、恋人として求める条件の1つとして、男であることが定められていることが分かる。これが「恋人ほし〜」という言葉であれば、私にも可能性が僅かながらにでもあったと解釈できる。加えて更に「彼女ほし〜」であれば、喜んで私が彼女候補として立候補していただろう。きっと、おそらく。しかし、そんな可能性は最初から潰されている。「彼氏」なのだから。

 それよりも、彼女に何らかのメッセージを返さなければならないことの方が最優先だ。こんなことを考えていたら、私が既読を付けてから7分が経過していた。ああ、もったいない。相手に既読したと伝わってしまうこの機能が本当に鬱陶しい。こんな機能がなければ、メッセージを返すのが遅くなったと理由をいくらでも付けることができるのに。
 何よりも、最後にスタンプを送った彼女の方が恨めしいかもしれない。トーク一覧の「スタンプを送信しました」というメッセージのせいで、彼女が私に何を伝えようとしたのかを知るために、トーク画面を開いてしまったからだ。スタンプ機能も嫌いだ。全部嫌いだよ、もう。

 彼女は頻繁に追いメッセージというものをする。「おーい」「何やってるの?」「ねえ!」とよく催促されるため、私は既読を付けたら直ぐに返信をしなければならないという習慣を植え付けられた。
 返信しなければならないタイムリミットは、彼女からの普段の追いメッセージから推測するに、30分であると見立てる。30分を過ぎれば、彼女は私の既読に気づいてしまうだろう。そして返信をしない私に違和感を覚える。最悪な場合、彼氏ができたことに対して私がよくないと思っていることがバレてしまう。それだけは避けなければならない。
 では、どのような言葉であれば、この指は送信ボタンを押す気になってくれるのだろう。

 タタタタ、タッ。
 「羨ましい!」と打ち込んでみた。そんな訳があるか。
 タンタンタンタンタン。
 人差し指もそうだそうだと言わんばかりに消去ボタンの上で激しく頷いた。いや、それなら送信ボタンの上で頷いてくれよ。どうやら私の人差し指は嘘が苦手らしい。真実を含んだ言葉ならば、きっと送信してくれるに違いない。

 タンタン。タン、カツカツ。
 「私も恋人ほし〜」と今度は打ち込んでみた。この言葉に偽りはない。何故なら貴女を恋人にしたかったからだ。私の人差し指が送信ボタンの上で固まった。どうだ、この言葉なら文句を言うまい。
 スーッ。
 またもや言葉を消されてしまった。どうして、なに、恥ずかしいって?わがままなやつめ。またもやこの指を説得することができず、別の案を考えることになってしまった。

 タッ、タッ、タッ、タッ。
 「どんな人?」
 どうだ。お前もどんな人が彼女の恋人になったのか気になるだろう?送信ボタンの上で、大切なものが質に取られたかのように人差し指が震える。…分かるよ、できるなら私だって、相手のことは少なくとも今はあまり知りたくない。人差し指のために、この言葉は消してあげた。

 タンタン、タン。
 何も思い浮かばず、初心にかえって「おめでとう」と打ってみた。しかし、やはり人差し指は動いてくれない。現在、既読を付けてから22分が経過していた。もし私の見立てが誤っていたとしたら、もう彼女に既読が付いていると気付かれているかもしれない。いや、嬉しい話題だからこそ普段より返信が待ち遠しくて、トーク画面を彼女にチラチラと見られているかもしれない。

 タン。
 「……あ」
 うさぎのスタンプの下に私の「おめでとう」という文字が追加された。メッセージを送信したのは私でも人差し指でもない、中指である。なんという刺客だ。想定していなかった事態に、焦りが加速していく。
 



(書き途中です、操作に慣れてなくてOKボタン押してしまいましたごめんなさい。これで完成でいいですかの一言くらいくれよ!)