不思議なことが起こった。
妻が亡くなってから十年。久々に妻が好きだった、桜並木が綺麗な場所へ足を運ばせた日のこと。
桜が満開に咲いている日で、のんびりと桜を見たりしている時、ふと前を向いたんだ。
その先に、十年前の妻がいたのだ。
俺は、最初夢を見ているのか? と、自分の頬をビンタした。痛かったからおそらく現実だろう。
妻は優しく微笑んでいた。俺は優しく微笑んでいる妻へ近寄った。
『元気でしたか?』
妻の声だ。俺の目に涙がぽろぽろ溢れだす。
『ごめんなさい。先に逝ってしまって……。ちゃんと、ご飯食べてますか? お酒はあまり飲まないでくださいね?』
生前の時と変わらない心配性な妻に俺は、頷くしかできなかった。
『貴方』
「どうした?」
嗚咽まじりに聞いた。妻は優しく微笑んでいる。妻の手が俺の頬を撫でた。
温かい手だった。
『生きてください。生きている人生を謳歌してください』
妻の励ましの言葉にさらに涙が出る。
俺は、この桜の木を見納めたら死のうと思っていた。
妻のいない時間はつまらなく、生きている気力すらなかった。だけど、今日、なんとなくこの場所に来たくなったんだ。妻と一緒に見た桜をもう一度見たくなったのだ。
だが、妻が現れた。俺の自殺を止めるかのように。
俺は妻へ言った。
「お前のところにいきたい。ダメか?」
妻は困り顔をした。
『まだ、こっちには来ないで欲しいわ』
「でも……でも……」
妻は俺の頭を撫でた。
『また逢えるわ。だから、その時まで我慢して』
「アキコ」
妻の手が離れ、桜風吹が舞った。次に目を向けた時、妻はいなかった。
深夜の樹海を一人の男が走っていた。
時々、背後を気にしながら全力で枯れ木を踏みつけて走る。
【ソレ】から逃れないと、死ぬのだから……。
「うわっ」
何かにつまずいて男性が倒れる。何につまずいたのか足元へ目を向ける。そこにはーー人の頭蓋骨が転がっていた。
男性は絶叫した。恐怖と混乱でうまく体を起こすことができず、赤子のようにハイハイしながらその場から離れた。
「ピギャアア!」
樹海の奥から悲鳴のような叫び声が響いた。樹海に棲む動物や鳥が慌ただしく逃げていく。
男性は、木の影に隠れた。
声が出ないように両手で口を押さえつける。
バサバサ、バサバサッ
羽の音が近づいてくる。普通の鳥が鳴らすような音ではない。大きく重量のあるような重たい音だ。
「ピギャアア」
また甲高い悲鳴が上がった。静かな樹海に不快な風が吹いた。【ソレ】が起こした風だ。
カサッ、【ソレ】が地面に降りた。男性は木の影から【ソレ】を覗き見する。
胴体は鷹のような体。首から頭は人の顔だ。だけど、口は鋭い黄色い嘴(くちばし)をしていた。
なんとも面妖な不気味な怪物だ。
【ソレ】は嘴で羽を繕っていた。鳥のような動きに男性は吐き気を催す。しかし、ここで吐けば確実に自分の存在を知らせるようなものだ。男性は、喉から上がってくる液体を無理やり飲み込んだ。
【ソレ】が男性の隠れている木へ視線を向けた。
男性はすぐに顔を引っ込め、息を殺す。
【ソレ】がゆっくりと歩いて来た。
カサ、カサと枯れ葉を踏みつける音がする。
一歩、また一歩と、男性を弄ぶかのように時間をかけて近づいて来る。
そして、【ソレ】が木の前に来た。鼻息が真後ろで聞こえる。
男性は、神に祈った。
『この化け物がどこかへ行って欲しい』
切実に願ったのも束の間。男性の真横に顔がきた。
黄色い嘴、人の顔をした化け物がいた。
「あ、あぁ……」
男性は絶叫する力もなく、目の前にいる【ソレ】をただ見るしか出来なかった。
【ソレ】の口が開き、細い舌が出てきた。男性の頬をベロリと舐めた。
そして、【ソレ】は歓喜の声を上げた。
そこで、男性の意識が遠のいた。
* * *
『次のニュースです。○月○日に行方不明の男性が樹海で発見されました。男性はすでに死亡しており、警察の話によりますと、何かの動物に食われた痕跡があるとのことで、詳しく捜査をしていく方針です』
空を飛ぶ鳥に憧れていた。
空を飛ぶヘンテコな鳥が羨ましく思えた。
空を飛べるようになりたくて、頑張って【翼】を動かしてみたけど飛べなくて、何度も何度も地面にぶつかって、傷だらけになっていた。
周りの連中から「お前バカだなぁ、オレたちは飛べないんだよ」や「諦めろ。そういう運命に生まれたんだからさ」なんて言われた。
でも、それでも、僕は空に憧れを抱いている。
いつか、海ではなく空を飛べたペンギンの第一号になりたい。
だから、今日も僕は、空を飛べるように短い翼をばたつかせた。
意味がないなんて言わないで。
あなたが、この世界に生まれた瞬間から意味のある存在になったのだから……。
だから、『生きている意味がない』なんて言わないで。
人間にとって雨は鬱陶しいモノだという。
たしかに、雨の日は【ココロ】がどんよりと落ち込んでしまう日だと思う。
だけどね、ワタシたち【植物】にとっては大切なモノなんだよ。
太陽が出ている日があると人間は喜ぶ。
たしかに、ワタシたち【植物】も太陽の光を浴びて、光合成と呼ぶモノをする。光合成は大切なモノだからね。
でもね、太陽ばかりはダメなんだよ。
太陽ばかり浴びてしまうと、ワタシたち【植物】は枯れてしまう。人間の言うところの【死ぬ】と呼ぶモノ。
ワタシたちは、枯れたら二度と元には戻らないの。
だからね、太陽だけじゃなく雨も大切なの。
とくに優しく降ってくれる雨が好き。
とても気持ちよくて、元気になるの。
あぁ、でも、強い雨の日は少し苦手かな。風も強くなるし、飛ばされてしまうかもって、いつもヒヤヒヤ。
だから苦手。
あ、雨が降ってきた。今日は優しい雨だといいな。