命が燃え尽きるまで
埋み火のように生きていたい
心ときめくことがあれば
いつでも燃え上がることができるよう
ふつふつと 火種は絶やさずに
灰の中で潜む埋み火のように
命が燃え尽きるまで
松明のように生きていたい
ときには誰かの道標となり
ときには誰かの居た証となる
足元を 往く先を 居た場所を照らす
誰かの心の松明のように
命が燃え尽きるまで
誰かを燃やす炎でありたい
冷えた指をあたため
身体中に血を巡らせ
硬くなった心にも
ちいさく灯をともす炎でありたい
本気の恋 というのが
どういうものと定義されるのかはわからない
でも なんとなく
本当に本気だったら
本気の恋 という言葉では
追いつかないのではないかなぁ
知らんけど
カレンダー
昔はただ
日付を確認するだけだった
この頃は
ああ もう少しであのひとの誕生日
この日はあのひとの命日
あと幾日で あのひとに会える
誰かを思って
眺めるようになった
自分の生きる時間を
誰かの生きた時間を
思い起こすようになった
こうやって人生は
少しずつ広がって
少しずつ離れがたいものになる
喪失感と向き合える心を
準備できていなかった
喪失を恐れるあまり
得ることを恐れた
何もかもが怖かった
今でも 不安が騒ぎ立てる時がある
お前の手元には何も残らない
誰もがお前から去っていく
何もかもが その手を その指の間を
すり抜けていって 戻らない
それでも
いまの私には
繋ぎ止めたいものがある
いま在る事を喜ぶものが
繋いでおきたい手が
出会うことは いつか別れるということ
それでも
いま共に在ることが
私の往く先を
きっと 明るく照らす
そう思わせてくれたすべてに
どうか あたたかで
この上ない祝福を
ありったけの しあわせを
踊るように
見えたひともいたのだろう
必死にもがいて
生きていた私を
浮かせた足を 次は
どこに踏み出せば良いのか
手を 振り上げて良いのか
握ることが正解なのか
前だけ向けば良いか
時には振り返るべきか
分からず生きていた
私のことを
人が生きる姿は
うつくしいか
あなたの目にそれは
うつくしく映ったか
私は
うつくしく
生きてきたか