小学生のとき、生まれ育った海辺の町から山の中の住宅街に引っ越しをした。
そこでの生活も半年ほど過ぎ、だいぶ慣れて友達も出来た頃だったと思う。
いつも遊ぶ広場には、私たちグループ以外の子供達も居て、賑やかにしていた。
突然そこに集っていた子供たちが蜘蛛の子を散らすように居なくなってしまった。
何が起きているのかわからず、キョトンと周りを見回す私。
キョロキョロとしている私の視界に、信じられないものが飛び込んできた。
鬼だった。
腰には藁みのをつけ、手には棒を持った赤い顔をした鬼が、広場前の道を走っているのだ。
記憶力があまり良くなく、子供の頃の思い出などほとんど覚えていない私だが、このとき視界に飛び込んで光景はまるで写真のように覚えている。
当事小学校低学年だった私は、悲鳴をあげるとか隠れるとかいう思考すらフリーズしていた。
しかし、走っている鬼の顔はこちらを向いていない、まだ気づかれていない、ということには思い至った。
逃げなくては!でも、自宅方向に逃げるには鬼がいる道を逆走しなくてはいけない。
鬼の前に飛び出すことなどできない。
広場は古い公務員官舎の端にあり、平家建ての住宅になっている。
そこの真ん中あたりに、知っている友達の家があった。
私は幸い鬼の目には留まらず、鬼はそのまま走り去っていた。
でも、いつ引き返してくるかわからない。
道路から見えるところに居たら、見つかってしまうかもしれない。
私はとにかく官舎の間の狭い道を走り、友達の家を目指した。
人生で必死という表現を使いたい状態を初めて経験したと思う。
友達の家に着いて、ドアを懸命に叩いた。
「鬼が!助けて!」
出てきたおばさんに支離滅裂にそんな言葉を繰り返し、とりあえず中に入れてもらった。
そこから先はあまり覚えていない。
おばさんに着いてきてもらって自宅まで帰ったように思う。
ただ、そこで私は初めて鬼の正体を教えてもらった。
「あれはヤブって言ってね、お祭りの時に地域の人があの格好して回るんだよ。ヤブに叩かれたら一年元気でいられるんだよ。」
ヤブ…?
海辺の町の祭りには、そんなものは居なかった。
秋に祭りがあることも、そんなものが回ってくることも、誰からも教えてもらっていなかった。
周りの子からすると当たり前すぎて、わざわざ教えるようなことではなかったのだろう。
広場に居た子供達は、その日ヤブが回ってくることを知っていて、誰かが逃げたら「ヤブが来た」と察して当然のように身を隠した。
何も知らない転校生が逃げる意味を知らないなどと思いもせずに。
それについて、別に恨みがましく思うことはなかった。
とにかくヤブの怖さだけが強烈に脳裏に刻み込まれただけだった。
当時のヤブは若い男性が扮していて酒も入っていて、それが棒やら縛ってコブをつくったタオルやらを持って走り回っていたのだと後から聞いた。
そんなのに叩かれてまで一年分の健康を手に入れたいと思う子供など居るはずもない。
翌年から、私は祭りの日をチェックして、その日の学校の帰りは最新の注意をし、なるべく外には出なかった。
ヤブが走り回らない翌日の本祭りのみ遊びに行ったが、そこでも追いかけられないとわかっていてもヤブからは距離を取った。
祭り、と聞くと楽しかった思い出より、あの時広場前を走り込んできたあの赤い鬼の顔と腰蓑のヤブの姿を思い出す。