「ほうら、蝶々が飛んだぞぉ。」
黒い犬が言う。
白い空を飛ぶ蝶々は形を変えて兎に成った。
「そら、鳥が飛ぶぞぉ。」
黒い兎が言う。
黒い犬は鳥になり白い空を舞った。
「鳥さん、鳥さん。貴方はなんで黒いの。」
黒い兎が問うた。
黒い鳥は白い空に浮かびながら答えた。
「兎さんや、それは空が白いからだよ。」
黒い鳥は地面に降り立った。
黒い兎はぴょんぴょんと跳んでいる。
「鳥さん、鳥さん。お空はなんで白いの?」
黒い兎が尋ねた。
黒い兎はゆっくりと蝶々に成った。
「蝶々や、それは光があるからだよ。」
黒い鳥は形を変えた。
黒い犬は地面に寝そべった。
「犬さん、犬さん。僕たちは光になれないの?」
黒い蝶はパタパタと聞いた。
黒い犬は欠伸をして伸びをした。
「蝶々や、僕らは光になれないんだ。」
黒い犬は悲しそうに答えた。
黒い犬は、蟹に変わった。
「蟹さん、蟹さん。僕らはなんなの?」
黒い蝶は崩れながら見つめた。
黒い蟹はいつの間にか消えていた。
突如、ブチンという音ともに空が無くなる。
黒い蝶も犬も鳥も兎も蟹も一緒になる。
「ああ、電球が切れちまったか。」
誰かが言う。
黒い部屋に足音が響く。
「そうら、蝶が飛ぶぞぉ。そうら、鳥が飛ぶぞぉ」
誰かが呟いた。
黒い部屋に空はまだ無いまま。
「ほうら、飛ぶぞぉ。飛ぶぞぉ。」
誰かがつぶやく。
黒い部屋には着信音だけが響く。
「消えるぞぉ、いなくなるぞぉ。」
誰かが泣いている。
黒い部屋には傷跡だけが残っている。
「父さん、母さん。僕はなんで生まれたの?」
誰かが苦しんだ。
黒い部屋に光は届かない。
「子供や、子供の僕や。それは間違いだったんだよ。」
誰ともなく答えた。
黒い部屋が少しだけ蠢いた。
「先生、先生。僕は普通じゃなかったの?」
誰かが諦めた。
黒い部屋は遠い場所にあった。
「学生や、学生の僕や。僕は普通にはなれなかったんだよ。」
誰かが答えた。
黒い部屋の傷跡は膿んでいた。
「神様、神様。僕はどこに行くの?」
誰かが聞いた。
問うた。
尋ねた。
黒い部屋は答えてくれなかった。
「飛ぶぞぉ。」
誰かが叫んだ。
パチンという音ともに光が灯る。
白い空が現れる。
「飛ぶぞぉ。」
ガタンという音と共に黒い人は揺らめいた。
白い空には黒い人が浮かんでいた。
空からはひとつの紐が垂れていた。
白い空には黒い蝶も鳥も居なくなった。
桜は落ちてからが美しい。
花弁は、落ちてもなお桜色を保つ。
そして、いつかの花弁は人知れず土に還り次の桜を咲かせてやるのだから。
桜は散るからこそ桜であり、だからこそ綺麗なのだ。
自ら物語を紡いで、そして終わらせる。
桜とはそういうものだと思う。
そういうものになりたいとも思う。
足元の花びらを見つめながら呟いた。
桜はどこからが桜なのだろう。
僕らは、桜であることを花弁で判断している。
淡いピンクの花弁が顔を出すことでそれが桜であると認識するのだ。
花の無い桜はただの木でしか無くなる。
けれど桜は散ってしまう。
桜からただの木に戻るというのに。
桜の花弁は、必死に咲いているから淡い赤色なのかもしれない。
小さな桜の苗木に会釈をしながら考えた。
桜が日本の象徴になったのは何時だろうか。
きっと、桜が生まれた時であろう。
けれど、誰かが桜を知らなければ象徴になることは無いだろう。
そしたら、誰かが綺麗と思った時だろうか。
しかし、綺麗な花は山ほどあるのだ。
その綺麗な桜を誰かが芸術にした時だろうか。
その芸術を見て、誰かが泣いた時だろうか。
堂々巡りの答えはきっと僕じゃ知りえない。
分からない。けれど、僕が答えだと思ったものが答えなのだろう。
だから、僕は桜を文章にしようとするのだ。
日本らしい花見の声を聞きながら思いついた。
桜の木は様々な物語を教えてくれる。
誰かの静かな出会いや騒がしい別れを見ていたのだから。
桜の花弁は小さな物語を知っている。
誰かの暖かい涙や無邪気な笑顔に優しく触れていたのだから。
僕の物語は僕が知っている。
多分、面白い話ではないだろう。
だから、僕は他者の話を描こうとする。
けれど、他者の物語は僕だけでは知りえない。
だから、僕は桜の木に尋ねるのだ。
面白い話はありませんでしたか?と。
けれど、桜は答えてくれない。
仕方なく、僕は目を瞑り静かに想像することにした。
その時に、また新たな物語が生まれるのだ。
それは、桜から読み取った誰かの物語で、僕の物語でもある。
寂しさも苦しみも楽しさも笑いも。
全て混ざった物語は桜と常に共に作られるのだ。
桜ほど、始まりに相応しい花はないだろう。
花が咲く時、僕の知らない物語が始まっているから。
桜は、その物語を誰にも教えず、ただ見守っているだけなのだから。