光る苔

Open App
4/18/2025, 10:56:28 AM

桜は落ちてからが美しい。
花弁は、落ちてもなお桜色を保つ。
そして、いつかの花弁は人知れず土に還り次の桜を咲かせてやるのだから。
桜は散るからこそ桜であり、だからこそ綺麗なのだ。
自ら物語を紡いで、そして終わらせる。
桜とはそういうものだと思う。
そういうものになりたいとも思う。

足元の花びらを見つめながら呟いた。

桜はどこからが桜なのだろう。
僕らは、桜であることを花弁で判断している。
淡いピンクの花弁が顔を出すことでそれが桜であると認識するのだ。
花の無い桜はただの木でしか無くなる。
けれど桜は散ってしまう。
桜からただの木に戻るというのに。
桜の花弁は、必死に咲いているから淡い赤色なのかもしれない。

小さな桜の苗木に会釈をしながら考えた。

桜が日本の象徴になったのは何時だろうか。
きっと、桜が生まれた時であろう。
けれど、誰かが桜を知らなければ象徴になることは無いだろう。
そしたら、誰かが綺麗と思った時だろうか。
しかし、綺麗な花は山ほどあるのだ。
その綺麗な桜を誰かが芸術にした時だろうか。
その芸術を見て、誰かが泣いた時だろうか。
堂々巡りの答えはきっと僕じゃ知りえない。
分からない。けれど、僕が答えだと思ったものが答えなのだろう。
だから、僕は桜を文章にしようとするのだ。

日本らしい花見の声を聞きながら思いついた。

桜の木は様々な物語を教えてくれる。
誰かの静かな出会いや騒がしい別れを見ていたのだから。
桜の花弁は小さな物語を知っている。
誰かの暖かい涙や無邪気な笑顔に優しく触れていたのだから。

僕の物語は僕が知っている。
多分、面白い話ではないだろう。
だから、僕は他者の話を描こうとする。
けれど、他者の物語は僕だけでは知りえない。

だから、僕は桜の木に尋ねるのだ。
面白い話はありませんでしたか?と。
けれど、桜は答えてくれない。
仕方なく、僕は目を瞑り静かに想像することにした。
その時に、また新たな物語が生まれるのだ。

それは、桜から読み取った誰かの物語で、僕の物語でもある。

寂しさも苦しみも楽しさも笑いも。
全て混ざった物語は桜と常に共に作られるのだ。

桜ほど、始まりに相応しい花はないだろう。
花が咲く時、僕の知らない物語が始まっているから。
桜は、その物語を誰にも教えず、ただ見守っているだけなのだから。