あー、まだもうちょっと見てたいなあ。この夢。って、半分起きかけの頭で思ってたことあったなぁ。けど、起きた途端に忘れていっちゃうのよね。
でも、なんとなく、なんでかわかんないけど、しあわせな感じだった。ような、、、っていう記憶はかすかに残ってる。ような、、、曖昧だわ。
“ずっとこのまま“ だったらいいのに。
しあわせ絶頂のときは、よくそう思っていたなぁ。
けど、地球も太陽系も超高速で進んでいるわけで、変化しないことなんてないのよね。
もし変化してないとしたら、それはもう、実は停滞している。って氣付いたとき、ギョッとした。
“ずっとこのまま“ なんて、魂は、ほんとのほんとは望んでないはずなんだけど、人間は、それを夢みちゃうのよね。ひとときのロマンスを味わえるのも、地球で生きる醍醐味。
また、くるかしらね。
“ずっとこのまま” でいたいと思うときが。
また、出逢えるかしら。
“ずっとこのまま” がいいなぁと思えるひとに。
出逢えたらいいわねぇ〜。
派遣切りにあった。
と思ったら、契約延長を打診された。
契約が切れるまでの数ヶ月で、なんか知らんけど、仕事が立て込むようになり、ベテランさんが辞めることになった。
で、もう少し残ってもらえないかと。
勝手よね。
こっちは、有給使って就活してるってのにさ。
いろんな思考が渦巻いて、いろんな感情がわいてきて、疲れた。そんな相手次第な雇われで働いている自分に腹が立った。
20歳の頃のわたしは、そんなこと微塵も思ってなかったな。
どっかの会社に入れば、当たり前に給料が貰えるもんだと簡単に考えていたし、奨学金も難なく返せるもんだと思っていた。
そしたら、どうよ。
そもそも会社に入ることすら簡単ではなかったし、奨学金は、今だに返済中だ。
20歳のわたしになんか言ってあげられるとしたら、何て言うかなぁ。
「お金について勉強しろ」
かな。
あまりに無知過ぎた。
それか、
「会社勤めだけが仕事じゃないよ」
とか
「学校の勉強より、もっと役にたつ勉強した方がいいって」
とか
違うパラレルの20歳を生きてたら、どんな45歳だったんだろうな…
あれこれ考えてもしゃーないわ。
そんなときは、寝るのがいちばん。
寝よ寝よ。
三日月って、意外と細いのよね。よくイラストなんかで見る三日月って、たぶん、五日月くらい。
なのに、なぜ三日月とよぶ?
氣になったので、ちょっと調べてみたら、月が最初に見え始める頃が三日月で、むかしは、そこから日付けを逆算していたとか。
月が基準の暦のころ。
そういえば、わたしが月のことを意識するようになったのって、和暦手帳を使うようになってからだ。
新月が朔日で一か月がはじまる。
そこからだんだんと満ちて満月になり、だんだんと欠けてまた新月へと向かう。
エネルギーがどうとか、そういうことはいまいちわからないけど、目に見える月の満ち欠けで日付けが変わっていくっていうのは、単純にすごくわかりやすい。
だからかな。
和暦手帳を使っていると、勝手に自然のリズムと調和していくんだろうな。会社勤めしてないときは、そういうことも感じやすかったのだけど、今は、どうよ?
会社勤めしつつも、そのリズム感じられたら、いいなぁ。
どこにいてもどんな状況でも、自分の心地いいリズムで生きるのがいい。
もっと意識してみよう。
そこは、夜になると色とりどりのランタンが並ぶ街だった。毎日がお祭りで、観光客が溢れていた。思いがけず、その街のはずれで暮らすことになって、いろんなことを学んだ。子どもたちに日本語を教えたり、市場で買い物をしたり、お年寄りとシェア暮らしをしたり。洪水で停電が続く経験もした。
日本という国を客観視できたこと、心地よく暮らすための人との距離感、これまで当たり前だった価値観が当たり前でない世界、集合意識の影響なとなど。
体験に勝る学びはないっていうのは本当で、そこでの経験は、わたしの人生をいろどり豊かなものにしてくれた。