降り積もる想い
会いたい。
空を見上げて煙を吐く。
そばに居たい。
足元を見て煙を吸う。
幸せにしてあげたい。
なんとなく伸びた手が空気を掴む。
大好きになっちゃった。
雫が頬を滑り落ちる。
チリッチリッとタバコが燃える音が聞こえる。
「別れるんじゃなかった....。」
煙とともに口から零れた音は夜の空に消えていった。
時を結ぶリボン
「好きです、付き合ってください。」
夜の公園で、よくあるテンプレートのようなセリフとともに、きっちり90°のお辞儀で右手を差し出す彼が、目の前にいた。
真面目な彼は、私の職場の先輩で、浮ついた噂を聞いたことがない堅物と噂の人だ。同僚は冷たいと言う。私も第一印象は怖い人だった。
半年前くらいに、残業明けの眠たさに気を取られ、私は大きなミスをしてしまった。その時、周りは不平不満と苛立ちを私に浴びせた。当たり前のことだ。その中で先輩だけ何も言わなかった。
そしてその一週間後、残業中に御手洗に席を立った後、私のデスクに私が好きな微糖の缶コーヒーが『無理は禁物』と達筆なメモとともにあった。その文字が先輩のものなのは気付いていた。
その時から、私は先輩という人に興味を持った。話しかけたり、相談をしたり。色々と近づこうと考えた。最近では時々2人で飲みに行くことも増えた。
今日も私から食事に誘った。いつもと違うことといえば、先輩がお酒を断ったこと。いつもより少し先輩の髪がワックスで固められてること。大きな案件の時にしか着けないネクタイをしていること。
「....へ?」
今日はお酒を飲んでないのに、先輩の言葉がよく分からなかった。なんとも間抜けな声が出た。
お辞儀をした動きで、風に乗って嗅覚が刺激される。今日はいつもと違う香りがしてるけど、香水でもつけてるのかな?なんて、見当違いなことを考え出した。
「君がいつも笑ってる姿を、好きになったんだ。いつも、無理しながら働いてる君を支えたいと思ったんだ。」
夜の公園は静かで、先輩の声が響いて聞こえる。
「いつも俺に話しかけてくれる君が、笑顔が、声が、更に好きになった。先輩後輩ではなく、1人の男として、見て欲しい。その上で、付き合ってください。」
これが、冗談や冷やかしではないことを私はよく知ってる。先輩はそういうのは大の嫌いだって知ってるから。
「私....私を選んでくれるんですか?」
「君がいいんだ。他の誰でもない。」
その言葉がとても嬉しかった。差し出された手を両手で握り、「嬉しいです。」と、笑顔で伝えた。先輩は見たことがない優しい笑顔で、「ありがとう。」と、私の手を包み返してくれた。
「これを君に。似合うと思って....使ってくれると嬉しい。」
先輩はそう言ってリボンの髪飾りを渡してくれた。
今日の彼はいつもと違う。
あの日から随分と時間が経ち、3年の記念日を迎えた。
妙に服と髪型が気合い入っていて、ずっと私の髪の毛を触っている。正確には、私の髪に着いてるリボンの髪飾りだ。
「毎日つけてるね。」
「お気に入りなの。最初の贈り物だもん。」
いつもと違うよ?と、突っ込むか悩みながら、ニコッと返事をする。
「....もし、よかったら。」
彼は立ち上がったと思うと、私の前で正座をして、ポケットから小さな箱を取り出す。今日は私の顔をまっすぐ見ている。
蓋をパカッと開けながら、彼は続きを口にする。
「お気に入りに、追加してくれないかい?」
そこには、髪飾りと似た形をしたリボンの装飾が付いた指輪があった。
私は彼に抱きつくのを我慢する。彼が意外とカッコつけなことを私は知っているから。
「結婚してください。」
「はい!」
そういうのが先か、私は彼に抱きついた。
彼は優しく笑いながら、私の薬指に指輪をはめて、爪先にキスを1つ捧げた。
手のひらの贈り物
いつもよりまだ暖かい方だと思いながら、自分の手を見る。変色していないし、シワも少し見える程度。
いざとなればポケットで温めたらいい。なんて思っていると、隣から手が伸びてきた。
「あいっかわらず、冷たいなぁ。」
触りたくないと言いながら、彼は私の両手を自分の手で包む。
温かい彼の手は、私の手によってすぐに冷たくなっていく。申し訳なくて、手を離そうとすると、ギロリと睨まれた。
「....ごめん。」
彼はまたギッと睨むと、何も言わずに私の手を握り続けて、息を吐いて温めてくれた。
「手、温かいね。」
「お前と違って心温かいから。」
そうだね。と言いながら、頬が緩むのを止められない。
「ありがと。」
ん。と言いながら、彼はやっと笑ってくれた。
心の片隅で
大丈夫、大丈夫。
そう言って、そう言い聞かせて、笑い続ける。
でも、本当は大丈夫じゃないかもしれない。
だって、こんなに胸が苦しいから。
雪の静寂
目を開けると、美しい女性たちが踊っていた。彼女たちは私に気づいて、駆け寄ってきた。
『踊ろう』
『遊ぼう』
彼女たちは私にそう告げて腕を引っ張る。
私の頭はぼんやりとしていて、その誘いに導かれるままに彼女らと踊った。
あたりは1面白く、雪が優しく降り注いでいる。そして、真っ白に相応しく音がしない。
....あれ?
そこまで考えて、急に背筋が凍った。
音がしないのに、どうして彼女達の言葉がわかったんだろう。思わず動きを止めた私に、彼女たちは、どうしたの?踊らないの?と尋ねてくる。
ここは何かがおかしい。
彼女たちを振り払って、私は走った。
『ばれた』
『つまんない』
そう聞こえ、走りながら彼女たちを振り返ると、妖精のように美しい女性達はいなかった。そこにいたのは、おぞましいお化けのような姿をする生き物だった。
その姿を認識すると、頭が一気に晴れた。
ひっ。と喉の奥が引き攣る。
白い世界は、赤く血の色に染まり、雪は血の雨となって、私の目に映った。