「いやー、災難だったね。服、けっこう濡れた?」
そう言って隣を見やる。傘を持ってきていて本当に良かった。
委員会が思ったより長引いてしまい、暮れかかっている日を眺めながら玄関口に向かっていると、突然雨が降り始めたのだ。目的地に到着したところで、土砂降りの外へ飛び出して行く、見知った姿が視界に触れた。
「先輩のおかげで、そんなに」
「そう」
折りたたみ傘は小さいもので、自然に2人の距離は近くなる。相手は何とも思っていないこと、理解してる。ただ一方的に自分の心臓が跳ねていることが恥ずかしく、多少の怒りさえ覚える。頭の隅にある下心だって認識できていたはずなのに、咄嗟に声をかけてしまった自分への罰だろう。
「こんな遅くまで、部活?大会近いからって大変だね」
「あー、いや、ちょっと呼び出されて」
「あー......」
聞かないほうが良かった。OKしたのかな。他人に興味を抱くことのないあなたのことだから、断ったんだろうな。
「恋人、作ろうとか思わないの。モテるじゃん」
理性が働く前に、考えていることが口に出ていた。傷つくのはわかってるから、こんな話がしたいわけじゃない、のに。沈黙がやけに脳に響くから、いつもより多弁になってしまう。
「先輩こそ、恋人いるでしょ。相合傘なんてしてちゃダメですよ、浮気者」
意外な返答に面食らう。相合傘とか、気にしてないと思ってた。
「いや、いないし。誰かさんと違ってモテないもんで」
「へー......そうですか」
質問、答えてくれないし。そうやってうだうだと思考を重ねている間に雨音は静かになり、しだいに聞こえなくなった。
「通り雨だったみたいだね」
角砂糖のような甘美な時間はもう溶けきってしまうらしい。元より家は真逆だ。一緒に帰る口実が出来たことさえ初めてだった。
そうして傘を畳もうとすると、腕を強く掴まれる。え、と間抜けな声が出る。
「何、なに」
動揺をうまく隠すことができない。この距離で見つめられると心臓に悪いからやめてほしい。考えていることがわからないのはいつもだが、今はそのポーカーフェイスが特別恨めしい。
「もうちょっと、このままでいいですか。日差し、強くなるかもだし」
「わ、わかった」
いや、わからん。圧に負けて咄嗟に頷いてしまった。日差しがなんだって?
ふと、掴まれた手から湿り気を感じる。もしかして。
「虹、出てますよ」
「......うん」