『愛があれば何でもできる?』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
愛があれば何でもできるなんて、
そんなかっこいいこと私は言えないよ。
もちろん、あなたのこと好きだけど、
朝ごはん食べたいなら自分で作ってね
音楽の趣味は、お互い全然合わないから
一緒にライブは行けないね
プレゼントは誕生日だけでいいよね
あの映画もう友達と観ちゃった
面白かったから行っておいで
メイクね、濃くはないと思うけど
私はこれで満足してるの
髪の毛傷んじゃうけど
染めたいからしょうがないよね
電話は疲れるから少なめで
煙草は嫌いなの、
吸う時は、せめて気を遣ってね
そうだ、あなたの価値観を押し付けられたと感じる時、私はあなたが嫌いだ。やっぱりひとりがいいに決まっていると思う。
あなたが貴いと感じる時、それはあなた自身が自分のために生きている時。
それならどうして、あなたと愛を育みたいと願うのだろうか。私が尊敬するあなた以外を知ってしまうのはとても勇気がいることなのに。
会社の人とは修復を望んでない関係でも、それがあなたならきっとたくさん文句言うよ。
愛があるからね。
#愛があれば何でもできる?
愛があればなんでもできる?
私と貴方がいて、そこに愛があればなんでも出来るってこと?
素晴らしい世の中だね!
じゃあ、私と貴方で愛を育もうか。
愛だけではどうにもならないことの方が多いし
どっちかと言うとお金の方が必要不可欠だし
それでも誰かに愛されたい
愛がある
手のひらの中
無防備に
潰すも包むも
何でもできる
【愛があれば何でもできる?】
人を殺められるほどの狂おしい愛を抱いていても、
今、その愛を以て100mを5秒で走れるか?って話。
世界に愛があろうがなかろうが地球は回り、
朝はやがて夜になり日は過ぎていく。
そんなもんだよ。愛は決して万能じゃないさ。
むしろ君に訊ねたい。
愛がなければ君は何もできないのかい。
いや、そんなはずないだろう。
愛の無力を理解し、愛に頼むことなく、それでいてなお互いのためにより善い道を見つけようとする君の努力と懸命さを、僕は少し愛おしく感じている。
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愛があれば何でもできる?
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所感:
何でもできるけど、何でも叶うわけじゃない。
愛があればなんでもできる?
できない。
愛する人を殺すなんて絶対にできないよ。
愛なんてものを明確に理解できている者は居るのだろうか。
好きな人のためには頑張りたいと思うけれど
してほしいこと、したいと思うけれど
そしてこれまでそうして来たけれど
優しさと自分勝手は同居しているとも思う
相手に尽くしていると思っていても
相手が本当にそれを求めているか振り返って考えたこと、なかったかもしれない
愛があれば何でもできる
でも相手はそれを求めているのか?
頼まれてもないことやってただけってことはないか?
結局は
愛があれば何でもできる自分が好きなだけだったのかもしれないと
最近思って。
「愛があればなんでもできる?」
「もちろん!」と答えたいけど、分からない。
愛 が あ れ ば 、と思い込んできたけど、
自分が何かをすごく愛したところで、 心 の 穴 は 空 い て い く 。
埋まって、空いて、埋まって、空いて、その繰り返し。
愛されても、愛しても、何 か 違 う よ う な 気 が す る 。
完 璧 な 愛 があればきっとなんでもできるだろう、
きっと、
だから僕らは「 愛 」を求める。
「 愛 が あ れ ば な ん で も で き る 。 」 を 証 明 す る た め に 、
愛があれば何にもできると思えばいい
そうただ単に想っておけば大丈夫
そう信じましょう
愛は宇宙より豊かです
愛は無限なのです
簡単に捨てれる愛なんてない。
無限の愛を捧げれるのは誰だろう。
無駄に安売りはしないよね。
#20 愛があれば何でもできる?
「何でもはできない。できることだけ」
どこかで聞いた物語になぞらえて彼は答えた。
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愛は好意を表す言葉で、色々な形がある。
これによって得られる効果のひとつがモチベーションである。
つまり、お題に対する解釈は
「好意とやる気があれば何でもできるか?」
ということである。
また、
愛を感じるとき、脳内では様々なホルモンが分泌されるため、愛する/愛されることを快感と捉えるようになる。
つまり一種の麻薬のように作用する。
なので、お題の答えとしては
「好意とやる気、そこに中毒性を加えてあげれば、
普段の姿からは想像もできないようなことを成し得るだろう」となる。
ところで、
そのまま快感への欲求がエスカレートしていったら、どんな結末を迎えるだろうか。
その答えはニュースや歴史から知ることができるが、得てして、その裏側には別の思いや思惑が隠れている。
最終的な結論として、
愛の授受は、その持続性や双方の人間性を尊重し、心地よく感じられる程度に制御されることが適当である。
その為、どんな愛もない状態に比べれば多くのことができるが、何でもはできない。
ということになる。
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でもね、と彼は続けた。
この考えも穴はある。
愛に対する考え方は人それぞれだから。
そもそも、もし仮に答えが一つだったら、
こんなに悩まないでしょう?
愛があっても何もできない
俺はそう大衆《天》に向けて舌を出した
愛があれば何でもできる?
私の答えは
いいえ
愛があるだけでは
どうにもならないこともあると思ってる
家族や好きな人を愛し続ける
子どもやペットを愛する
自分のことを愛する
それだけで幸せが続くかと言われたら
そうじゃない
幸せな生活を維持するには
どうしてもお金が必要になる
思い出を作るために出かけるのだって
普段の生活をするのだってお金がいるの
"愛してるの”言葉だけでは
責任が取れない
愛しているからこそ
守ったり、大切にしたりするために
必要なお金をかけて責任を取るべきなの
愛があっても0から1は生み出せないけど1から100にはできるのかもね
愛があれば何でもできる?
ここに、悲しい生き様を送っている人間がいた。
この子は父を若くして亡くし、女手一つで育てられた。
その為、早い段階で働くようになる。
母は子供に対して愛情は沢山注いでるつもりで、
子供も愛情を感じていた。
しかし、母は朝から晩まで働いていて、なかなか子供に会うことが難しい。家に帰ったら、子供はいつも夢の中で過ごしていた。
でも少しの空き時間を見つければ、まるで恋人の様に
くっついて離れない、何とも言えない関係。
子供は大きくなり、大学に行く事を夢見る。
もちろん入学費など支払うのは難しかったので、
お金を借りることにした。
しかし、母は借金が収入の半分あり、
借りれなかった。それに、利息が膨れ上がっていて、
気付いたら、とんでもない額になっている。
仕方なく、家を売った。
これからの堕落は簡単で、お金を稼ぐことが難しくなったり、食糧難に陥ったり、病気になりやすくなったり、
苦労が耐えない。お腹がすいた。寒い。痛い。
ある日、母は亡くなった。痩せこけている。
子供はある事を思い付く。
この獣は、母を喰らった。
何故だか目の前は濡れていたが、
空腹の時は、何でも美味く感じてしまうのが
人間なのかもしれない。
『愛があればなんでもできる?』
私の母の口癖はちょっと普通と違って変だ。
「あんたね、愛があればなんでもできるんだよ!」だった。
だから私はいつも、母に言う。
「愛でお腹は膨れない」「愛で貯金は貯まらない」「愛でアパートは借りられない」「愛で面接は受からない」
いつもいつも、これは親子、逆ではないかと思う。
若い、世間知らずの娘がそういう事を言って、それを親がたしなめる。
それが普通ではないのだろうか?
でも、私はもう母に何も言わない。
母から『愛があれば(以下省略)』は死ぬほど聞かされてきたから。
「お母さんはね、両親にたくさん愛されて育ったから、こんな優しい性格なの、分かるでしょ?」とか、
「お母さんはね、優しい子に育ったから、友達も多かったの。知ってるでしょ?」そして極めつけが、
「お母さんはね、お父さんからたっくさんの愛をもらったから、こーんなに幸せで、だから元気で仕事もできてお料理も美味しくできるの!」と言う。
だから私が先ほど述べたような事を言っても母はびくともせずに
「それはあんたの感謝が足りないからでしょ?お父さんとお母さんの愛に感謝してないから、物事を全てネジ曲がって解釈するの」
「こんなに愛を注いだのだから、あんたは何でもできるのよ!」
それはもうすでに、アイドルのファンクラブ会員証No1番で、狂信的なアイドルの信者にも似ている。
何を言っても駄目なのだ。
「では、お母さんの愛を一身に受けて育った娘の私は、そろそろ学校に行ってくるよ」と皮肉めいた言葉を言っても、母は嬉々として、
「イヤだ、この子ったらやっと分かったの!そうよ〜、行ってらっしゃ〜い!」
私はため息をつき学校に行く。
「どうしたのさ、朝からため息なんてついて」と友達の麻子がバン!と肩を叩く。ゴリラに叩かれたかと思うくらい痛い。骨にヒビが入ったかもしれない。麻子は、良く言えば健康優良児だった(つまりはふくよかなのだ)
「いやー、また、家のお母さんがね」
「まさかまた朝から、おばさんの、『愛があればなんでもできるのよ〜』を聞かされたの?」と麻子が言う。
「そうだよ〜。もう本当にいい加減にしてほしいよ〜」と言って机に突っ伏す。この、不毛な母との会話はいったい何度した事だろう。
「でも、考え方が若々しくていいじゃない、恭子のお母さん。家なんていつも」そういうと、麻子は両手を腰に当て、怖い顔をして、
「いい?麻子。世の中、お金が1番なの。分かるでしょ?私がお父さんでどれほど苦労しているか。お父さんがもっと優秀だったら、もっといい会社に入っていたらこんなにお金の苦労もなかったのに」
「麻子は、お母さんの苦労を見てきているからわかると思うけれど、生活するって大変なのよ。なんと言っても食べていくにはお金がかかるの!だから、あなたはいい会社に入って、お金に苦労しない男を見つけるのよ」
麻子と同じく、麻子のお母さんも話が長いのだ。そして何より、甘いものに目がない。
毎日必ず大福2つとおせんべい1袋は食べるという。麻子は、そのせいで生活が苦しいんだと思うんだけどね、と言う。
「顔なんて、ついてればいいのよ!顔でお金が稼げる?稼げないでしょ?格好良くない、なんて3日で慣れるから、それよりお金のある人と結婚するのよ!」
そう言って、腰から手を話す。
「だから、お母さんが食べ過ぎなんだって。お父さん、いつも文句を言われて可哀想だよ〜」
でも、どちらかというと、母親というものは、麻子のお母さんのような人が大半なのではないだろうか。
だから、みんな高校を卒業すると、ひとり暮らしを始めるのだ。
でも、私はあまり家を出る気にはならなかった。
麻子みたいな思いをしてないし、母とはけっこう仲がいいのだ。
私は机から1時間目の教科書を出しながら言う。
「でも、麻子はなんだかんだ言って頭いいじゃない。それこそおばさんの言うように、いい会社に入ってお金のある人と結婚するかもよ」と言うと、
「恭子〜。私のこのスタイルでモテると思う?」と痛いところを突かれた。
「で、でもさ、男の人って彼女にするのと結婚するのは違うっていうじゃない?麻子みたいに包容力があって料理が上手な人は、男の人には最高じゃないかな〜」とごまかしたが駄目だった。麻子は本当に頭がいいのだ。
「だからぁ、彼女と付き合って結婚するんじゃない?私はどうすれば彼女になれるのさ」するどい。
「世の中、けっこうふくよかな人がいいって男の人が多いじゃない?」と私が苦し紛れに言って、憮然として麻子が口を開こうとしたら、予鈴が鳴った。
帰りは、麻子に捕まらないうちに下校した。
よう、という声で振り返ると
「なんだ、隆か」と言うと不満そうに
「なんだ、はないだろ、なんだは。幼馴染みが挨拶してるんだから、少しは愛想よくこたえろよ」不満そうに言う。
隆とは、家が隣同士なので、もはや家族ぐるみの付き合いだ。
「あっちゃんは?喧嘩したのかよ」と隆が麻子の事を聞いてくる。
「別に。何もないよ。でもさ」と朝話した、麻子との話をすると
「まぁ、確かにあっちゃんのおばさんみたいなのが圧倒的だよな。その点、恭子のおばさんは、進んでいるよ」
そうかなあ。
「家だって、あっちゃんのおばさんと同じだよ、うるさいのなんのって。N大行けってうるさいんだよ。俺の成績で入れるかって話だろ?」と隆は、今朝の私みたく深いため息をついた。
「N大かぁ、ちょっとおばさん、自分の息子の事、全然わかってないんじゃない?」と言うと、隆は顔をしかめ、
「そんなはっきり言うかよ、幼馴染みなのに」ちょっとしょげて見えたので「まあ、元気だしなよ。ねえ!今日は私が特別に隆に好きな物奢ってあげるよ。ただしマ○ドナル○だけどね」と言うと、とたんに機嫌を直し
「やった!!さっすが恭子ちゃん」
何が恭子ちゃんだ。まぁいいや。
私も気のおけない隆と笑って話すのが好きだ。
でも、と考えた。
こんな風に、気のおけない幼馴染みの隆との楽しい時間も、お互い文句を言い合いながらストレス発散している友達の麻子とも、いつかは離れるときが来るのだ。
それはイヤだ、だって悲しいじゃない。
お母さんに言えば、また「愛があるじゃない!幼馴染み愛!そして友達愛!ほらね!愛があればなんにも心配ないでしょう?」と言うに違いない。
でもね、お母さん。
卒業したら現実問題として、どこかの大学に行く事になるんだよ。
出来たら家から通える大学に通って、そこで友達作って、夏休みは麻子や隆と思いっきり遊んで、そして単位の心配をしながら、卒論の準備もしながら、リクルートスーツに身を包み、いろいろな企業を回るんだよ。
そして、どこかの会社に運良く入れれば、そこで働いて誰かと知り合ってつきあって、いずれ結婚するのかな。
なんだか、自分の人生がもう決まったレールの上を粛々と自分の意志とは関係なく進む様でなんだか、それでいいのか、初めて考えて急に怖くなった。
この疑問は、どんな愛があれば解決するのかな、お母さん。
第一、愛があればなんでもできるのかな。
それは、どんな『愛』なの?
お母さん。
愛があればなんでも出来る…
そんなものただの虚言に過ぎない
元気があれば…
の間違いでは…?
【お題 −愛があれば何でもできる−】
皆、愛があれば何でもできるって言ってるけど
実際は、そんなんじゃないよ。
愛なんて、ただの気持ちだもん。
(フィクション) 愛があれば何でもできる?