『善悪』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
【善悪】
「ねえねえ大丈夫?水いる?買ってくるからちょっとまっててね!」
「…ありがとう
(本当はいらなかったんだけどな、話聞いてくれるだけでうれしかったんだけどな、あの人はいいことをしたって思ってるだろうから黙っていよう)」
「買ってきたよ!どうしたの?話聞くよ!水飲んでゆっくり話聞かせてよ」
「やっぱこの人いい人かも」
「これくらい普通の人だったらできんだよ!
なんで君はできないかな」
「すいません、ごめんなさい、次から気をつけます」
こんな会話をした人と今ではすごく輝いて見える
前は優しかった人が今では恐怖の対象になってることもある。
正直こっちの事例のほうが多い
多すぎて書ききれない
書いたら多分止まらない
もしかしたら自分もその立場になってるかもしれない。なってるだろう
誰かの善は誰かの悪になるときもある。
だけど、誰かの悪が誰かの善になることはない
悪が善に変わる瞬間なんてそうないだろう
相手がすごく心が広い人とか、しっかり謝って前の分までしっかり尽くした人くらいしか善になることはないだろう
これは言葉でも同じだ
言葉は時に誰かを殺す
自分を殺すこともある
一番いけないのはその自分のたった一言で友達を失うこと、友達が死んでしまうこと。これが一番最悪なことだろう
良いことをすれば、いえば、感謝される。元気が出たありがとう。などといったことを言われる
しかし、一部の人たちはそんなきれいごというなよ笑
と批判してくる人もいる
善は悪に勝てるのか
多分勝てない
人はそのような生き物であり、誰かを下げないと生きていけないちっぽけな生き物だから
例外というものはすべてにおいて存在するものだからそんなことしないかもしれない
善と悪。さああなたはどっち
『善悪』
分別の付いていない頃
平気でしていた小さな悪事
無造作に新芽をちぎる
アリの巣を埋め戻す
戯れに捕まえたトカゲを死なせてしまう
今思うと
小さな悪事とは
小さな勇気のことではないか
善悪を知った今の僕
絶対悪はあるだろう
相対悪もあるだろうか
しかしあの時の
「小さな勇気」は消えてしまった
ひたすらに善を紡いで
息を潜めて生きている
たまには「勇気」を出してみようか
そう思い土砂降りの中を
傘を投げ捨て駆け出した
善悪
何が正しい
何が良くて
何が悪い
自分の立ち位置でその価値すら
感覚までも違ってしまう
人の善悪なんて語れるほどの私では無い
だから最後は人としてどうか?
この視点でわたしが選ぶひととしての
善悪のしるし
お題『善悪』
妹に子どもができて
私が「おばさん」と呼ばれる日が来た時に
少しでも
見本になれるようにと思った
まずは、一日一善!
だけどそれが
思っていたより難しい
迷惑じゃないかとか
勇気が出なかったり
タイミングを逃したり
これが本当に正しいのか
分からなくなって
白と黒のあいだで揺れてしまう
だけど、あの子たちは
思ったことをやって
そのまま言葉にする
それだけで
誰かが笑顔になるから
気づけば私は
何度も救われていた
見本になろうとしていたはずなのに
いつのまにか
見習っているのは私のほうで
まだまだ未熟なままで
それでも
明日こそは、と
少しだけ前を向く
それだけでもきっと
間違っていないほうを選べている
よく分かんないけど自分がされて嬉しいことをすればいつか自分に返ってくるは本当だと思う!!!!
早寝早起き朝ごはんなり〜〜✌️
善悪
善悪とは一見、正反対のことのように思えるが実際はどちらも同じ意味ではないだろうか。
道徳的、社会的、倫理的に正しいことは善。
それに反することは、あまねく悪。
単純に考えればそうだが、人間というのは複雑な生き物で。
その人の捉え方、考え方によって善と悪が変わるのだ。
善だと思っていた行為が悪だと捉えられたり、悪だと思った行動がその人にとっては善であったり。
人間にとって善と悪は常に紙一重。
見方によって変わるその様は、まるで万華鏡のようだ。
善悪
何をもって善い行いというのでしょうか。何をもって悪い行いと言うのでしょうか。バグスターウイルスを見つけたこと?見つけたウイルスを利用したこと?ウイルスの対抗手段を開発したこと?見つけたウイルスで実験をしたこと?それでも私にしか対抗手段は生み出せなかった。私にしかできないことですよ?私のしたことは善いことでしたか?それとも悪いことでしたか?…そんなことをあなたに聞くのは酷なことでしたね。えぇ、あなたは私を悪人だと言って罵り糾弾する資格がある。逆も然りですよ。あなたは優しいですから私の行いを自分の責任として背負い込んでしまうような人ですから。嫌な顔しないでくださいよ、久しぶりに人と話をするので許してください。まぁ、あなたは限りなく善性の強い人間で私はどちらにもなれないというだけですから。あなたが気にすることではありません。ふふっ、何でもありません。あなたがお変わりがないようで嬉しいですよ。また来てくれるなんて優しいですね。
※二次創作です。
#善悪
悪魔は人間を騙すため、美しい姿をしており、
天使は人間が恐怖を感じる姿をしているらしい。
美しいあの人は、悪魔なのかもしれない。
善悪
白も黒も分からなくて
それでも陽の下でいきていたいか
タイトル「善悪」
これを読んで頂いてる皆様には善悪の区別が
できると思います。
これは、僕の幼き頃の話です。
長くなりますが読んでいただけると嬉しいです。
これは、僕が小学生1年生の時でした。
まだまだ善悪の区別がつかない年齢だとしても、
やってはいけないことくらいわかっていいはずの
年齢だと思います。
僕がやったことは、両親の長年の貯金箱に
手をつけたことです。
僕は幼い頃から社会人になるまで、
共働きの両親のことを想い、
家事洗濯掃除料理と行ってきました。
僕はたまにの遊びで、両親の貯金箱に手をつけていました。
バレない金額。バレないように。
それが善悪の区別がつかない僕の罪です。
何に使っていたかと言うと、
両親の貯金を僕の方でも貯金して、本を買っていました。
図書室で借りればいい本を、図書館で借りればいい本を、
僕は、両親の貯金箱から本を買っていたのです。
本が隠しきれなくなった頃、貯金箱に手をつけてることが
バレ、両親から「里親に出す」「寺院に出家させる」等
小学生低学年の頃に両親から言われた言葉でした。
実際はなかったですが、これで善悪の区別が
つくようになりました。
高校生の頃、学校がバイト推奨の学校だった為、
家のことをやりながら学業、バイト、全て行って、
両親からくすねた金額を、バイトの給料で返しました。
僕の、行った罪は両親からしたらまだまだ
根に持つことかもしれない。
そんな僕の贖罪はこれからも続く。
善悪の区別はしっかりしなければならない。
そうでなければ、人間として悪人となってしまう。
それは違う。悪人になってまで人生を歩みたくない。
そう思いながら、善人ぶる事なくこれからも
善悪区別をしっかりとした大人になっていきたい。
善悪なんて人それぞれ
と、まとめることは良く聞くことだろう
それは何故だろうか
例えばありがた迷惑という言葉があるが、
その言葉は善悪のズレがあることを体現している言葉なのではないか?
私ならありがたいと思う
私は嫌だ
その気持ちに嘘をつかないこともいいが、
結局は隠す方が楽だ
でも、心の中だけでも
それは嘘だと思ってほしい
嘘が嘘だとわからなくなってほしくない
これも私の勝手な文だ
聞かなかったことにしてもいい
受け入れてもいい
なぜならこれは私が勝手にしたことなのだから
善悪
あぁ、そうだ
私がこの実とって食べた
君からな訳じゃないと言って
お題 「善悪」
善悪なんてこの世の全てだ。善いことをする人もいれば悪いことをする人もいるし、何が善い行いで何が悪い行いなのかもはっきりしていない。良かれと思ってやった行動がある人にとっては悪意に感じることもあるだろう。善悪を判断するのは難しい。そして世の中も難しい。
「善悪」
善悪は、本来ならハッキリと白黒つけられるモノだと思うし、又そうでなければ人は悩んでしまう。
でも、世の中に溢れる善悪は、その人の立ち位置によって簡単に裏返り、同じ人が見てもその日の気分でもジャッジが変わったりする。
本当の善悪って何なんだろう?
誰がそれを決めるんだろう?
そして、誰がそれの是非を決めるんだろう?
私にはわからないし、きっと私自身も、立ち位置や立場や環境や好悪で入れ替わってしまうと思う。
だからせめて。
なるべく正しく生きていきたい。
正しいと盲信する怖さを知って。
間違いと分かっていて自分を誤魔化したり、正当化したりせずに。
人に決められた相対的な善悪ではなく、自分の中にある道徳心に沿って、決断をしたい。
そして、誠実に、真っ直ぐに生きて行きたい。
※ちなみにそんな今の私の善悪の基準は、この行動は、感情は、娘の前で誇れるか、娘の目を真っ直ぐに見て語れるかです。
娘に誇れる自分で居られる様、頑張って生きていきます。
善悪。
誰もが自分を善だと思ってるんだ。
だから、善善。
正しさで殴る事を正義と呼ぶのだろうか。
私は「善か悪か」で世界を裁断することに関心が薄い。
でも、
現実には、黙って見過ごせば壊れるものがあることを知っている。
そのときに限って、「正しさ」を手に取る。
これは例外処理だ。
けれど誰かの善が、
ただの発散や優越の確認になった瞬間、
私は距離を置く。
題 善悪
《善悪》
善悪の区別は難しい
自分が善のつもりでも
相手には悪になってしまったりする
お題:善悪
後日あげるのでお題とスペース保存しておきます。
善悪
これはいいこと悪いこと?
あの人には家庭があるけど
想うだけならいいこと?
想うだけでも罪なら
わたしは裁かれなければいけないの?
地獄に落ちてもいいから
この気持ちは渡さない
#善悪
善悪。私は、未だに善悪の境目が分からない。旦那の方に戻った癖に、ツインレイの彼に会いたいとばかり願う。心も体もあの時の一緒にいて楽しくて幸せだった頃のあの日の彼を今でも尚、求め続けている。もうきっと会えないのに。私には、旦那がいるのに、彼とも結ばれたいと願う。叶わぬ願い。叶うはずも無ければ、叶えてもならない願い。分かってるのに、それでも尚、私は、彼を未だに求め続けてしまう。旦那といて、幸せだと思いつつ、それでも彼と会いたい、付き合いたい、そばにいたいと願う。どうせ、彼といたって、今の旦那と同じ様な生活なんて過ごせるかも分からないのに。ツインレイに会えただけで幸せ、奇跡だと思いつつ、あまりにも彼とのこの関係が辛くて苦し過ぎて、残酷過ぎて、出会わなければ良かったとも思ってしまう。この残酷過ぎる彼とのツインレイと言う関係。もし、私と彼が、ツインレイと言う関係じゃ無ければ、彼と私は、どんな出会い方をして、どんな付き合い方をしていただろう。ツインレイの関係が無ければ、私達は、きっと、交わっても関わってもいなかっただろう。そう思うのであれば、今のツインレイの彼との関係の方が幸せと呼べるのか?幸せなど分からない。