『仲間』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
ふとした瞬間に膝から崩れ落ちそうになる事がある。
実際崩れ落ちたし、もう起き上がれないな、終わりだなとも思った。
それでも私がまだ生きれているのは、腕を引いて立ち上がらせてくれる君が、貴方が、お前が居たから。
投げ出したくなったって良いじゃん、俺もそうだし、お前もそうだ。もっかいやってみよっかなって思ったらそれだけで一億円あげれるくらい偉い。
だから一回休もう。これまで生きるのよく頑張ったよ。ちょっと休んだって誰も怒らないよ。取り敢えず呼吸して、美味しいもの食べて、寝よう。一日十二時間くらい寝よう。
それで良いよ、充分。前向こうって思えなくても、これ以上頑張れなくても、ずっとそばにいるから。
#仲間
#62 仲間がいれば大丈夫
仲間さえいれば、楽しく過ごせると思っていたのに…。
___仲間
15歳の頃、仲間はずれにされたことがある。
未だに思い出すと心臓から左親指にかけてギュルルとなにか電流のような痺れがくる。当時のわたしにも本当に苦しくて悲しい経験だった。
きっかけは、なんだろうか。ただわたしが少し変わっているから、そんな理由だった気がする。ほんとうに、些細なことだ。
仲間はずれを感じた物事も、ほんとうに、覚えていないほど些細なことだ。
ぼうっとしていたら、仲間はずれは気づいたら終わっていて、またいつも通り"友達"と楽しく、卒業式までの短い時間を穏やかに過ごした。
そして卒業式、厳かな空気の中、冷たいパイプ椅子の上でそんな些細なことを思い出して気になってしまったわたしは、中学校の卒業式を逃げるように帰って行った。
友達と写真も撮らず、誰とも話さず、人集りができている門をするりと抜けて、短い通学路を早足に歩いた。
階段を登って、当時住んでいたボロアパートの玄関のドアを閉めた時、足元がぐらりと揺らいでその場で座り込んだ。
今はもういない老猫が、玄関に座り込むわたしに喉を鳴らしながら白い毛を擦り付けた。
涙は出なかった。でも、このままわたしは一生、ひとりといっぴきの仲間はずれなんだなと悟った。
10年経った。
今でもわたしの仲間はずれは続いている。あの頃の友達とは誰とも関わりはない。卒業式の日に全員連絡先を消したから当然だ。これまでも、これからも、わたしは一生仲間はずれだ。それを選んだ。
わたしの仲間だった老猫は、3年前に一足お先にと旅立って行ったが、代わりに真っ黒な子猫を置いていった。
真っ黒な子猫は、真っ黒な大人の猫になり、あの頃の老猫のように優しくも賢くもないが、それなりにわたしの仲間として、喉を鳴らしながら黒い毛を擦り付けてくる。
この子が仲間でいてくれるうちは大丈夫、そう言い聞かせながら、今日もひとりといっぴきの仲間はずれは続いていく。
私は仲間だと思っても、
貴方から見た私は、違うかもしれない。
そんなこと考えたら、キリがないけど。
やっぱり思ってしまうんだ。
不安で不安で、夜も眠れないくらいなんだ。
最近は特に、ね。
私は、独りぼっちなのかなって…
あの季節
仲間と過した時間に
今も支えられている。
思い出は私の宝物
ありがとう
友達何人できるかな?、は聞く言葉だけど、仲間は?、と聞くことはない。
仲間って、一体なんなのだろう。友達とは違うのだろうか。
「鈴木さん、話聞いてますか?」
ぼんやりとそんなことを考えていたら、メガネをかけた上司に名指しされた。
「あ! え……す、すみません……」
「全く……今回のプロジェクトはチームですので、きちんと聞いておくように」
チーム……友達を英語でいえばフレンドのように、仲間を英語でいえばチーム、とでも言うのだろうか。
だとしたら、私はこんな小言を言う人の仲間なのだろうか。
「すみません……」
「謝らなくていいので、良い案を出してください」
「はい……」
そういえば、学生時代も隣の席の女の子に、ごめんねじゃなくて、とか言われたな。
私は無意識に謝り癖がついていたみたいだ。
学生時代は、高校時代の友達は一生もの、とか言われたけど、社会人では仲間が大切なものなのだろうか、と、長々と演説をしている上司を見ながら考えてみるのであった。
【仲間】
私自身にとっての"仲間"とはなんなのだろうか?
何のためにそれはそんざいするのだろうか?
青春を分かち合うため?
色々なイベントごとに誘いあい、昔を分かちあうため?
それとも、助け合うためか?
私には分からない。
何のために"仲間"とは存在するのだろうな。
家族
人間は成長する。するといろいろな知識や知恵が身につく。当たり前だが人間は成長する生き物なのだ。本当の大人になれば恋人もでき、結婚もするだろう。そしたら当然子供もできる。子供は神様からの唯一の宝物だと思う。そう考えるのは自分の場合であろうか。子供が生まれた家族ができる。親になったら育児に専念するのが当たり前だと思う。。変な自由や遊びとは卒業しないといけないと私は思う。家庭とは何だろう。家族とは何だろう。そう考えたら母親は、育児に専念しなければいけないと思う。子供は将来日本の国を支えないといけない選ばれた人々だからだ。ならば両親または片親は子供を社会に恥ずかしくない大人に貞てないといけないと思う。司会今な人間は育児より自分の時間がほしいと言っている。そしてスマホを見たりなんの目的もなく子供のことよりも自由に遊ぶ時間を求める人が多い。家族とは何か、家庭とは何かを真剣に考えないといけない時期に来ていると私は思う。
◎仲間
遠い席の君へ
何気なく目を向けた
目があった
それだけで私達は通じ合っているんだって思えるなんて、単純すぎるかな
だって、君の下がった目尻はいつも私の心を和らげるの
歩く仲間
歌う仲間
食べる仲間
仲間には見えなくても
大事な生きる仲間
私にはマスクをしたくないママ仲間がいる。
息子が通う幼稚園では、送迎時屋外でマスクをしていない人は私しかいない。朝夕息子の園での様子を話してくれる先生を気遣って屋内ではマスクをするけれど、玄関を出たらすぐ外す。それくらい私はマスクが嫌いだ。コロナ発生前も重度の花粉症にも関わらずマスクはしないで春先は目鼻を赤くしていた。
ありがたいことに、生活圏内にマスクなしで付き合いたいママ仲間が集まる場所があり、3年前から通っている。私にとっての癒しの場である。
お菓子やお弁当を持ち寄り、おしゃべりしながら食べて遊んでいる。多い時には20人ほど集まる。誰もずっとマスクはしない。
現在はマスク着用が強制的の場が多いが、マスクするかしないかは一人一人が決めていい場所が多くなるといいな。保育園幼稚園学校の給食が楽しい会食の場に戻るといいな。そう仲間と願っている。
一緒にいて楽しくて
たまにぶつかったりもするけど
でも一緒じゃなきゃ嫌で
そばにいて安心する
会話が無くても苦じゃなくて
最高の仲間
ちょっと遊び心でイタズラをしてみた
そしたら1人の子が「私もやる」
そう言った
こういうのが友達だと、仲間だと思っていた
でも君は
「何やってんの?バカなの?」
そう言ったね
ノリが悪いやつだなと思ったけど
悪いことは悪いと言える
これが本当の仲間だった
テーマ:仲間 #28
※この物語は#20からの続編です
もし、僕がこの手を離したら。
ミデルはどこかに行ってしまうだろうか。
もし、僕がこの国の王と妃の息子と知れば。
ミデルは僕のことを恨むだろうか。
もし、僕がこの国のことを本当に受け継ぐとしたら。
どうして、みんな僕を一人するの?
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
僕達はある建物の近くに身を隠した。
「ラクラ、どうしてここに…?」
ミデルは顔を青くしている。
ここは王宮の小屋の中。ミデルは、酷く動揺していた。
「ミデル、落ち着いて聞いてほしい。僕はー」
「坊っちゃん帰ってこないなぁ〜」
僕の声と重なって聞こえてきたのは、二人の執事だった。
「また、どこかに寄り道をしているんでしょうよ」
「またか…。王妃様も王様も、坊っちゃんのことを大事にしているはずなのに。坊っちゃんと言ったら…」
「無理もないさ。あんなにヤンチャなのだから。そういえば、王妃様が言っていたなぁ。坊っちゃんに後を継がせるのは……」
そこで執事の声が止まった。僕たちは声を潜めていた。
「どうした?」
急に話を止めた執事にもう一人が聞いた。
「いや、やめておこう。誰が聞いているかわからないしな。とにかく、坊っちゃんはあまり……」
僕は顔を伏せた。
そんなのわかってる。わかっているのに。
「ラクラ?」
執事たちが去った後、ミデルは僕に話しかけた。心配そうに眉をハの字にしている。
「ミデル。僕は君に嘘をついてしまった」
僕は、奥歯を噛んだ。本当に言っていいのか? 言ったら、ミデルは悲しむ。もしくは、僕を恨むだろう。
憎んでいる王国の王子なのだから。
そんな僕をミデルは、包み込んだ。ふんわりと花のような香りが鼻をくすぐる。
「いいよ、無理に話さなくても」
そんな優しい言葉に鼻がツンとなった。
「ミデル。僕はここを変えて見せる。だから」
僕はミデルをまっすぐ見つめた。
「待ってて。絶対に後悔させないから」
もちろん何を言っているのかミデルにはわからないだろう。しかしミデルは、僕に頷いた。
「わかった。待ってる」
ミデルは優しく言った。
僕たちは、助け合えるのだろうか。
僕たちは、信頼し会えるのだろうか。
僕たちは、仲間になれるのだろうか……。
『仲間』
終いは同じだ
俺もお前も
まっさらな魂が
堪らなく眩しいんだろう
欲しかったのは
俺もお前も同じもの
仲間
好きなものが同じ仲間
と
嫌いなものが同じ仲間
どちらのほうが絆が強いか?
私は、後者だと思う。
後者において、憎むものが同じ仲間ということになれば
さらに結びつきは強くなると思う。
好きなものが同じ仲間は多い程好ましいが
嫌いなものが同じ仲間は
少なくていい。
なんでこんな○○が存在するのか
と感じる程嫌いなもの(食べ物から始まり、人、物…)は
をずっと嫌い続けること
それはこの上無くエネルギーの要ることで、疲れることで
人生においての、輝きとか素晴らしさを感じるセンサーが鈍る。
そういう意味で
私たち人間は
好きなもの、そして好きなものを共有する仲間が
必要だと信じている。
指先に刺さった小さな棘を
取り除いてくれる
君はいつも高性能の拡大鏡を携えている
だけど心の中までは見えないと言う
どんなに覗き込んでみても
僕が何を考えているのか
君にはさっぱり分からないらしい
分からないから
マキロンも絆創膏も貼ってあげられない
そう言って君は悲しそうな顔をする
自分の傷が君にそんな思いをさせていたのか、と
僕は愕然とする、それでも僕は
君にすべてを見せることができない
仲間
友だちと呼べるほど、親しさも気軽さもないけれど、同じ志を持ってそれに向かっている君たちのことを仲間と呼んでもいいだろうか。
たとえ誰かが去ったとしても、また新しく誰かが来るかもしれない。たとえ何かを失っても、君たちとだったら乗り越えられるかもしれない。また取り戻せるかもしれない。
ただ同じ志を持った性別も年齢も生まれた場所も違う君たちだけれども、そんな君たちのことを仲間だと思いたいんだ。
突然、頭の中に浮かんでくる。
もしも仲間がいたら どんなに良かったか。
仲間がいたら ふつうの生活ができたのかなぁ、って
仲間がいたら ふつうにあそべていたのかなぁ、って
思いながら見つめる先には
窓の向こうで遊ぶ影。
仲間?
仲間とはとても大切なものだ
だが、友達と仲間の信頼関係は大いに違うと思う
すまない、今回は頭の整理がつかないのと言いたいことがまとまってないので、今回はここまでにする。
短い文章を読んでくれてありがとう。
以上で終わる。