『一年後』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
一年後
一年後、私は両手を合わせて今度は何を祈るのだろう。
日々家
一年後
今のままだろうか?
定年の私にはわからない。
仕事はしたくない。
ただ仕事をしない自分には価値がない。
稼がない自分には立場がない。
それが怖くて、我慢して仕事をしている。
でも仕事をしない自分も怖い。
気力もなく、認知症の恐れもある。
できれば、今のまま仕事を続けたい。
それが考えられたテーマであった。
一年後、自分らしくありたい。
どうなっているか
わからないけれど
どんな自分に
なっているのか
『拝啓、1年後の僕へ』
こんにちは、お元気ですか。
今は元気でやっています。
今日、僕は余命宣告を受けました。あと一年の命だそうです。
全然健康体なんですけどね!
でも体の見えないところに悪い腫瘍があるらしいです。
ということで、多分最後の日の僕に手紙を宛てようと思います。
一つだけ、お願いします。
もし、あなたが今日死ぬなら、笑ってください。
十分周りの人に迷惑をかけてきたので。
最後くらい泣かずに笑ってください。
それが、一番最後の恩返しになると思います。
では、さようなら。おやすみなさい、良い夢を。
「…ありがとう。いちねんまえのぼく…」
【一年後の僕への手紙】
押入れから出されて台座の上に置かれたら、ゆきちゃんがそうってそうっと私の覆いを外してくれるの。そしたらパッと視界が開けるわ。それからキラキラしたゆきちゃんのお目々が見えるの。
髪の毛はほつれてないかしら?とっておきの十二単は乱れていない?年に一度の晴れ舞台、ちゃんと綺麗で居ないとね。
それから一週間、とっても楽しい毎日が続くのよ。ひなあられでお茶会したり五人囃子の調子に合わせてゆきちゃんが踊ったり。
それからね、一日の終わりには羽毛のはたきでそよそよサワサワゆきちゃんがみんなをお掃除してくれるの。これがお母さんに言いつけられたゆきちゃんのお仕事よ。
だから私たちはつんと済ましてサワサワ揺れる羽毛のくすぐったさに耐えるのよ。ゆきちゃんがきちんとお掃除を終わらせて、お母さんにお休みのキスをしてもらえるようにね。
それでもね、ひな祭りが終わったら私たちの役目もお終いよ。ねえゆきちゃん、そんなに悲しいお顔をしないで。今年もとっても楽しかったわ。
もうすぐ小学校なんですってね。お友達はいっぱいできるかしら?漢字も書けるようになるんでしょうね。またたくさんお話聞かせてね。
それじゃあゆきちゃんまた来年。押入れからのたくさんの応援と一緒に、待っているわね。
お題 「一年後」
【23日目】一年後
眠れなくなるほどのこの気持ち
きっと来年の今頃は
思い出になっている
あーわたし彼が好きだったなって
今は考えるのも嫌だけど
あなたが別の人に恋をしていたら
快く応援してると思う
だってあなたは
わたしの人生を変えてくれた人
恋する気持ちを通り越して
尊敬する気持ちになりたい
切なくて苦しくて
年数という人為的に区切られた時間の中を
当然かのように過ごし、自分を忘れていく
宇宙に流れている時間
それは地球の自転や公転となんの関わりもない
ただ過去から未来へと流れていくだけで
どんな区別も存在しない
ありのままの時間
それを感じたいと思いつつ
一年後もまた
私の時間は空間に支配される
私は1年後何をしているのだろう。来年は大学2年生、学生生活の中でも1番楽しい年になるといいな
#一年後
お願いです神様
一年後は.....
きっともう少しスリムに
あとちょっとだけ落ち着いて
ほんの少し賢くて図太い
そんな私に導いてください
一年後
一年なんてあっという間だ
何をしようがどんなことが起きようが
365日、8760時間、525600分経てば一年は過ぎる
有意義に過ごしても無駄にしても
そんなのはあくまで後の祭りに過ぎない
一年後何をしてるのだろう
どうなってるんだろう
そんなの今はわからない
わかりたくもない
どんなことがあろうと一年後
何かを示せるようになりたいな
それは誇りでも綻びでも
死ぬなよ
2024 5/8 ♯3 〈1年後〉
春という新しいスタートに希望や不安を寄せるような時期にこのお題は、酷な気がするね。まあそんなことは置いといて、ちょっと書き出してみるよ。
まず第一は死なずに健康でいることかな!一年後にもまたこうやって明日のことを考えず、のんびりした生活を送れていると嬉しいかな。
二つ目は、、う~ん。。思いつかない!考えれば考えるほど余計なことばかり思いついちゃうな。
まあその内、絶対に見つかるという自信だけはあるよ。だってまだ一年後まで365日もあるんだから。
僕はまだゆっくり、ゆっくり今日を楽しむとするよ。
1年後私は、別人になった。
そのおかげで、出て行くことになった。
ようやく束縛から解放されて私は、自由を手に入れた。
東京で。有名人になり金持ちになった。
そこから私は…。
「一年後」
一年後の俺は…
なんて考えてたのは
一年前の俺で
そっから考えたら
今の俺は
一年後の俺になるな
そんなこと考えてたら
一年前の俺と
今の俺と
一年後の俺が
集まって
なんかひそひそ
話し合って
なんかやらかそうとしてる
それがいつなのか
わからないけど
何かが起こるだろう
いつの俺か解らないけど
何かを起こす
一年後
みんな電車に乗っていく
幸せになるために1歩ずつ足で進んでいく
なのに私は地面を這いつくばってドアを目指す
一年後の為に、今を犠牲にする
私がやっと乗り込めたのは、今を犠牲にし続ける毎日への貨物列車
どうやらハッピーエンドの電車を乗り過ごしたようだ
1年後
きっと私は
あなたの傍には
いない
だから
少しでも長く
あなたを
感じてたいの
心から
愛してる
1年後
辛いときは日記を書くよ。
すべて書いてしまえば、書き終わる頃にはスッキリしている。
元気になっている。
鼻で笑われて、こんなこともできないのか、遅いのか、と、ため息をつかれ
20年もやってる人と比べたら1年目が同じようにできるわけがない。
仕事以外のことを何も知らない。
他に何もできないから仕事でだけマウントを取り、自分より下の者に、こんな事もできないのかと鼻で笑う。
そんなところしかないのだろう。
無様だな。
自分にはそんな人間になるな、かかわらないで生きる道を作ろうと
面白みもない、なにもない人間に、自分の心をどうこうされるなと
もっと強く、しぶとく、自分道を作れる人間になれと言いたい。
自分はそんなその他にはならない。
幸せな、のんびりする時間を持つために、
今を生きる
無になって進め
チカラをつけて、
生きていくチカラを
ゴミに惑わされるな
人生で不要のもの
同じ世界の人間だけで静かにいきたい
ちっともスッキリしない。
1年後は何をしているだろう。
できることを一つずつ増やしていこう
"一年後"
一年後は微妙に分かりそうで分からない。
ある程度は分かるけど『〜だろう』とか『〜かも』ばかりで、ハッキリしたものはほぼ無い。
それ以外だと『こうだったらいいな』という願望しかない。
数年前は、自分はどうでもいいと思っていた。誕生日が来ると『また一年生きてしまった』と暗い気持ちになっていた。
けれど今は、『一年生きられた』と少し喜べるようになった。
俺もいつか、心からそう喜べるようになれるだろうか。
「1年後」
未来の事なんて?
分かるはずもないし
明日だって、どうなるか分からない?
人の運命なんて、生まれた時から
決まっていると、思いませんか?
その限られた時間の中で。どう生きるかが
大切だとわたしは思います。
ここで一つこんなお話しをします。
1年後、余命宣告されたと、過程します。
たった1年の命
とても怖いですよね!
それを宣告された時は、きっと
嘘だと思うし、ありえないと
宣告した人に食って掛かると思います。
信じられないけど、その現実からは逃げられないと
分かった時に、頭の中は真っ白になり
何も出来ずに、ただ泣いてしまうと思います。
なら、開き直ってその限られた1年を
やればいいじゃないですか!
行けなかった世界旅行をして、いろんな国へ行き
いろんな人達と出逢い、今まで感じられない世界を
見て回る。
そして、最後は家族に見守りながら天国へ旅立つ?
何もしないでうじうじ考えても仕方ないと
わたしならそう思います。
これはあくまでも余命宣告をされたお話しです。
もう分かりますよね。
1年後に今と変わらないまま生活をするよりも
1年後にいなくなると仮定してみては如何でしょうか?
思いもしない、自分との出会いがあると思いませんか?
それなら、やりたい事への夢を抱きましょう。
大きな事をやってもいいし、できる範囲で夢を描いて
見てもいいでしょう。
ただ、何となく過ごすのではなく
目標を決めて、1年後の自分がどうなるかを
未来予想をして見ては如何でしょうか?
そうしたら、1年後のあなたはきっと
今よりも輝いてるでしょう。
めぐみより
「一年後」
一年後、僕はどうなっているだろう。
いつもと変わらない日々を送っているだろうか。
何かが起きて、劇的な日々を送っているのだろうか。
人生分からないもので、僕は現在、昨年までとは全く違う日々を送っている。
一年前のこの時期には想像していなかった。
一年後と言わず、明日にでも急激な変化が訪れるかもしれない。
どんな変化があっても、日々を大切に過ごして、一年後を向かえたい。
きみは今、青く澄んだ空のようにきれいな壺の中で小さく胡座をかいて眠っている。
去年の今頃に余命宣告を受けたばかりだった。
そして最期のその時まで必死に生きた。
ありがとう。
いっぱい頑張ったね。
いつかそちらに私が逝くときには、笑顔で迎え入れてほしい。
その時までどうか安らかに。
2024年5月2日 RIP…✠