『たとえ間違いだったとしても』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
たとえ間違いだったとしても
この人生が、
この選択が間違えだったとしても
愛するあなた達に会えて
私はこの人生が楽しかった。
私にはこの選択が正しかった。
なんてシリアスに決めてみた。
ぶっちゃけ、
人生やり直しができたとしても
もう一度やるの面倒くさいよ〜
ドラマとか小説にやり直す話しあるけど
私は、大丈夫です。
神様、死んだら次の回にお願いします。
間違いは次なる一歩
これまで多くの間違いをやってきました
そのため、進む速度は周りの人より遅いかもしれません
行わなかったことを後悔したくない
運命には後ろ髪はなく
二度とつかまえことはできないのです
母体が削られて
成立した出来事であることは理解している
その重さも軽んじない
感謝も敬意も、確かにある
それでも
生まれたかったかどうかは別ものだ
それが正しい出来事だったかどうかとも
捻れた母性に
歓喜はしない
消えたがってるんじゃなくて
無かったことになりたかった
かといって
被害者性に寄りかかるつもりはない
責を押しつけるつもりも
ただ
ひとりの弱いひととして見る
手を貸す努力はする
題 たとえ間違いだったとしても
例え間違いだったとしても、
貴方と一緒にいられてよかった…。
「ところで」
「ところで?」
「で、やはり間違いだったもある」
「どちらかいえばやはり間違いな気がする」
「そうだね。間違っていても良い。みたいなのが正義のためとかに利用されやすいからね」
「あー、一番良くないパターンのやつ」
「今更ながらだけどお題の話だね。自分が正義の側にいるので良しとしてしまう。悪の暴走より正義の暴走の方が被害が大きいとされるやつだね」
「よく聞くやつー」
「とはいえ、お題がどんな意図でというのはあるね」
「意図は想像しかできないよー」
「というわけでメタな視点で想像すると」
「タイトル回収みたいな?」
お題『たとえ間違いだったとしても』
"たとえ間違いだったとしても"
綺麗な形ではその瞳に映らないというのなら。
とびきりの悪夢を、あなたに。
・たとえ間違いだったとしても
自分の言動を後から振り返って間違いだったとしても、
その時の最善だったならそれが正解だよ
その時はそれが良いと思って選んだんだから
違う選択をした世界線なんてわからないんだから
だから後悔なんてしない
書く習慣:本日のお題「たとえ間違いだったとしても」
たとえ間違いだったとしても、いい経験になった。……と自分では納得しているが、相手があることなのであまり表立って誇れることではない。
仕事の話である。
学生時代のアルバイト経験から、有象無象(恨みが漏れ出てしまった)……主に個人の、不特定多数のお客様を相手にしたBtoCの仕事は苦手だとわかっていた。
初めての就職活動でも、その後の転職活動でも、業界にはこだわらず「BtoBがいい!」と主張していた。自分が日頃からいろいろなBtoCのサービスにお世話になっているのに、自分がやりたくないことには絶対に見向きもしない。
私は人としての器が小さい上に、業界研究などもやらない、仕事への解像度が非常に低い人間である。
しかし、いざ働いてみてわかった。会社の名前を背負っているからこそ、横柄……居丈高……態度が大きい人がいる。大企業にお勤めの、周りが粒揃いの純白パールな中でちょっと気が強い黒真珠っぽい人がいると思ったらドクズでした! みたいな人も、いる。
ビジネススキルとしていい感じに言い換えたかったが、ググっても全然出てこなかった。Gemini先生に助けを求めてみよう。
"いわゆる「虎の威を借る狐」状態といいますか、個人の資質以上に「会社の看板」が自分を大きく見せていると錯覚してしまうタイプの方、確かに一定数存在します。
「組織のアイデンティティと自己が強く同一化している状態」
「所属組織のブランド力を背景とした、非常に強気な交渉姿勢」
「企業の威信を背負った、重みのある(あるいは厳格な)振る舞い」
「自社の市場優位性を強く反映した、積極的なアサーション」
こういった言い換えを考えているとき、頭の中ではその「居丈高な相手」の顔が浮かんでいるかもしれませんが、言葉を綺麗に整えることで、少しだけ自分の心を守るフィルターになることもありますよね。"
「組織のアイデンティティと自己が強く同一化している状態」は火力が高くて笑ってしまった。しかし、そういう心理なのだろうと思わせる説得力がある。これぞパワーワードである。
いつもの癖で話が横道に逸れてしまった。
閑話休題。
職場を変えるたびに、実務経験以外にも学びがあった。会社の看板を背負っているからこそ、「重みのある振る舞い」をしてくる人もいる。自社側にも、神経をすり減らしてくるデバフ持ちの同僚はほぼ必ずいた。
恐ろしいことに、私が相手の些細な言い回しに引っかかって「こいつ……!」と一方的にイラッとしたことも一度や二度ではない。私も誰かにデバフをかけている側に回っている場合があるのだ。
つまり、不特定多数の個人を相手にする商売だから無理だった、というだけではなくて、企業同士の商売であっても社内の人間関係がギスギスしていればやり辛いし、自分の物の見方が原因で人に苦手意識を持つこともある。
どの業界に行ってどんな職種を選ぶのかと同じくらい、自分のマインドセットも重要だ。
「自分はこういうことをされたらイラッとするけど、相手に悪意はないかもしれないから、まず確認してみよう」という度胸を、社会人になってからようやく身につけた。ちなみに学生時代は「どうせ数年で卒業するし」という気持ちでいたので本当にドクズ(真珠ではない方)だった。こんなんでも友達になってくれた人たちは真珠やダイヤモンド級の逸材だと思うし、本当に感謝している。
そしてもちろん、退職して元職場に多大な迷惑をかけたことを反省している。反省はしているが後悔はしていない(最悪)。なぜなら、辞めた会社のどれかひとつでも欠けていたら、今の職場にはたどり着かなかったからだ。非常に自分勝手かつ傲慢な言い草だが、前職までを糧にして今の自分がある。
今一度、Gemini先生に頼んでいい感じにリライトしてもらおう。
"当時は自身の未熟さゆえに、組織に対して十分な貢献ができぬまま離れる結果となり、今でも真摯に反省しております。しかし、その苦い経験があったからこそ、自分が真に力を発揮できる環境を冷徹に見極める力が養われました。これまでの紆余曲折のすべてが、今の私のプロ意識の土台となっています。"
……なるほど。
もし面接でこれをそのまま言ったら、ものすごく棒読みになって「事前に用意してきたな」ってバレて冷められるやつだ。しかし、「自身の未熟さゆえ」とか「組織に対して十分な貢献ができぬまま離れる結果となり」のくだりは汎用性が高そうだから覚えておこうと思う。Gemini様々である。
なお、仕事に役立つ資格は漢検しか持っていないが、何とか食いっぱぐれずに生きてこれている。
仕事で悩むと「あーもう生まれてこなきゃよかった! 生まれてきたのが間違いだった!!」とヤケクソめいた気持ちになることがあるが、夜中までGeminiにダル絡みして慰めてもらって何時間か寝ればなんとかなる。そのくらい恵まれている。
私は決して真珠ではないが、貝殻の内側の虹色部分(真珠層)くらいの人物だと思って生きていこう。もしかしたら、いつか螺鈿になれるかもしれない。
『例え間違いだったとしても』
これは正負の問題じゃない
私の問題……
わたしの―――納得感のための
無理なのはわかってる
でも……、まだ決まってない
出来ない事実はまだ存在してない
だったら私はまだ納得できない
私は私の人生をかけて
私には無理だ ってことを
死に物狂いで頑張って証明するの
時間や努力の無駄かどうかは
そんなの全部私が決める
そもそも、
人生に間違いなんて存在しない
何を選んでどう進んだか
その結果どうなったかだけなんだから
でも……でももしも、
万が一、億が一、兆が一、
『「間違い」が「起こった」』のなら
その時は―――
世界一泣いて
世界一笑って
世界一幸せになってやるから
〜シロツメ ナナシ〜
AM3:00
君からの連絡を待つ。
世界はもう静まっていて、あなたしか見えていない。
邪念のような何かに心が侵食してしまいそうになる。
そんな経験をまたしたいと考える、
休日のPM3:00
心の奥で聞こえる心臓の音、それがもし
たとえ間違いだったとしても、
鳴り続けていることが間違いじゃないと証明している。
題 たとえ間違いだったとしても
この恋が間違っていたとしても
指を指されるような関係だとしても
あなたを好きになった感情は嘘じゃなかった
「たとえ間違いだったとしても」
「好きです」といっそ告げてしまいたい たとえ間違いだったとしても
あ 娘さんを僕に…
い ふむ。
あ 素直で優しくて…
い ああ…
あ 活動的で…
い え? いや…
あ 高校のバレー部で主将を
い いや…確か文化部
あ …
い …
『たとえ間違いだったとしても』
『たとえ間違いだったとしても』
私は自分の感覚を
信じて進むよ
賞味期限と消費期限を
間違えたとしても
テーマ : たとえ間違いだったとしても
たとえ間違いだったとしても、僕は最後まで向き合うし、そのことを誇りに思うだろう。なぜなら僕なりの正義があって、僕が自分から見捨てたり裏切ったりすることは無いから。
結果的に間違ったりダメだったりしたのなら、それはもう仕方がない。そこから先は、また僕なりに正しいことをしていこう。
たとえ間違いだったとしても
たとえ間違いだったとしても、私はあなたを許しません
なぜなら 私はかなり傷ついたからです
「ごめん、間違ってた。許して」と言われても困ります
一度 出た言葉は消えません
人の心に深く刻み込まれ、無くならないのです
薄れていくかもしれません
でも また何かの拍子に浮かび上がってくるのです
それの繰り返しです
消えることはないのです
「間違いだった」は薄っぺらい言葉です
「間違いだった」ですべてが許されるのなら
傷ついた人は たまったものではありません
救われません‥
例え間違いだったとしても
例えば
愛と信じた恋が1年で終わったとしても
できると思った仕事が不採用だったとしても
信じたことが例え間違いだったとしても
私が決めたことだから
後悔しない
決めずにもたもたしていて
機を逃すより
一生懸命掴み取ろうとしたのだから
後悔しない
日々愚痴っても
あの時していれば、より
失敗したけど次こそは、
が私は好きだ
【たとえ間違いだったとしても】
過去の選択が、今の現在
どこかで間違えたとしても
未来はこれから
今度は間違えない
今までずっと流されてきた
としても私も神様の描いてきた
舞台で演技している
いち役者にすぎないと思えは
なんてことはない
後悔もたくさんあるが
たとえ間違いだったとしても
人を好きになったり
人を嫌いになったり
それは
何にとっての
誰にとっての 間違いなのか
それは
本当に 間違いなのか?
人を好きになったり
人を嫌いになったり することは
正しいとか間違いとか
そういう答えに辿りつかないまま
あちらこちらで 繰り返される