『あの頃の不安だった私へ』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
#あの頃の不安だった私へ
不安は、続くとその時は、頭の中を駆け巡る
ふと、過去を振り返る頃には、あっけらかんと
そう言う時もあったな ってなるんだから
その時その時を、頑張って少していたら
それだけでいいよ
新社会人となり、新しい職場と新しい部屋での生活の不安を口にする長男。
大学生となり、乗り換えの多い電車通学や、友達が出来るかの不安をこぼす長女。
そんなふたりを見ていると、高卒で就職、上京をした当時の事を思い出す。
憧れていた都会での生活が叶って嬉しい気持ちと、
仕事に生活、全てひとりでやっていけるのかという不安は、環境が変わる時に、誰しもが感じるものだろう。
でも新生活が始まってしまえば、不安を感じてる暇がないほどの忙しさに追われる日々が待ってるよ、きっと。
そして仕事や新生活に慣れた頃、新たな不安や心配事が起こるかもしれないけど、
その頃にはきっと、新しい仲間と支え合い、乗り越えていけと思うから。
あの頃の不安だった私と、
現在進行形で絶賛不安真っ最中の我が子達。
緊張と不安でいっぱいだろうけど、大丈夫。
ひとりじゃないよ!
携帯開けば、推しが待ってるしね。笑
何事も、最初から諦めたり逃げたりせずに、
先ずは頑張って挑戦してみて。
失敗も大事な経験、そこから学べる事もたくさんあるよ。
良く聞く言葉だけど、ホントです!
頑張って頑張って頑張ってそれでもダメなら、
いつでもここに戻っておいで。
10年前の私へ
未来からの手紙だなんて驚きましたか?
(そもそも差出人不明の手紙なんか読まないけど)
学校のこと、友達のこと、家族のこと、将来のこと、
どれも一人では解決できなくて不安ばかりですね。
(…と書いておけばどれかは心当たりがあるよね)
でも安心して。10年後まで続く悩み事はないから。
(それどころじゃない新たな問題が山積みだよ)
なんて、信じられないかもしれないけれど。
(今の毎日の崖っぷち加減のほうが信じられない)
ともあれ、心を強くもってただ生き抜いて。
(……としか言いようがない)
10年後の私より
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あの頃の不安だった私へ
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所感:
あのさ、輝かしい未来ってどこで売ってんの?
嘘をつくな!
お前大した不安なんてなかっただろうが!
テーマ「あの頃不安だった私へ」
自分の心臓の音が聞こえる。息が上手く出来ない。視界が揺れる。
『...死ぬかも。』
わたしはとうとう高校には行けなくなってしまった。
朝から夕方まで学校で勉強。それから部活。家に帰ると課題に追われる。定期テストなんかにも全力で取り組んで、今思えばすごく忙しい日々だった。でもそれがなによりも楽しかった。それなりに友達もいて、わたしの人生の中でもかなり充実していた時期だったと言えるだろう。
高校2年生の冬のこと。ひょんな事から頻繁にパニックを起こすようになってしまった。しかも初めてパニックを起こしたのは教室だった。鼓動が早くなるのを感じ、呼吸が乱れ、視界が揺れる。誰かが話しかけてくれても何も入ってこない。怖い。怖い。怖い。
精神科で病名までついてしまった。精神病患者になってしまったのだ。
それでも薬を飲みながら無理やりにでもどうにか学校に行き続けた。“不安”だったからだ。
自分で言うのもおかしな話だが、わたしの成績は優秀な方だったと思う。毎日帰宅後もかなりの時間を勉強に費やし、テスト前は1日10時間以上の勉強が当たり前だった。人より努力しているという自負があった。2年生の三者面談で先生に『このままの成績がキープ出来ればあなたの目指す学部のある○○大学の推薦をあげられるかもしれない』とも言われていた。それなのにこんなよく分からない病気のせいで人生を棒に振りたくない。夢を諦めたくない。その一心だった。
しかし薬を飲む量は日に日に増えていった。精神科ではカウンセラーに大泣きしながら話した。『わたしは大学進学を諦めたくない。』『みんなと同じように生活したい。』『“普通”に戻りたい。』『なんでわたしがこんな目に。』
頑張れば頑張るほどわたしの症状は悪化していった。友達も腫れ物扱いしてきているのを感じた。腫れ物扱いとはいえそんな状態のわたしと関わってくれていたのは友達の優しさなのは頭では分かっていたけれど、どうしても辛かった。
わたしはとうとう高校には行けなくなってしまった。
高校どころか外に出るのさえ怖くなった。俗に言う引きこもりになってしまった。人生が終わってしまったように感じた。こんなはずじゃなかったのにって。
当時のわたしは視野が狭かった。高校に行って、いい大学に行って、夢だった職に就く。これだけがわたしの人生における正しい道で、その他は外れた道だと思い込んでいた。周りの人間が『大学は今じゃなくても入学できる』とか、『病状が落ち着いたら進学じゃなくて就職を考えてもいいんじゃない?』とか言ってくるのに対して、無責任だなとしか思えなかった。
人生の道を外れてしまったわたしはいっそ死んだ方がマシだとまで思った。その気持ちは誰にも話せず苦しかった。
あの頃の不安だったわたしへ。
確かにわたしは当時描いていた人生設計とはかなり離れた人生を送ってる。でも、決してこれは不幸せな人生ではない。周りの人と違うからって、それが必ずしも悪というわけではない。
今のわたしはあの頃不安だったわたしのおかげで強く生きられています。
生きていてくれてありがとう。
あの頃の不安だった私へ
過去の私へ
友人関係がうまくいかない
みんなはできてるのに、私はできない
孤独を感じるこの先が心配
1つ嫌なこと考えると、止まらなくなっちゃうよね…
実はね、今の私も時々考えちゃうの
自分の存在を否定しちゃうの
だけどね、私は頑張るの
苦しいときを乗り越えると、それを越える楽しいこと、
うれしいことが待ってるの
だからあなたも頑張って!
未来の私へ
昔の自分に囚われすぎないでね!
結婚するんだよーー!!!
あの頃不安だったわたしへ。
生きてるよ。
だから、あなたが選んだ解決法も、逃げた場所も、間違っていなかったってことだ。
この世界は、思っていたよりも、全てのことに無関心で。
あなたが苦しもうとも、喜ぼうとも、絶望に膝から崩れ落ちても、希望に縋っても、誰もその声を聞いちゃいない。
それなら、好きなだけ好きなように叫んだらいい。
大声で歌い続けたらいい。
わたしの不安よりもずっと脆くて小さなものに、負ける必要はない。
勝つことを恐れないで。
進め。
高校のときの自分へ
高校の時大学に行けるか不安だったけど今都留文にいてクソほどボランティアしてます。(畑楽もん、蜂蜜、コーヒー、駐車場などなど)けっこう楽しんで生きています。あと部活もやれないと思っていた空手部に入り、都留子ども祭りの運営のやつにも入り、ゆかりというゲストハウスに顔を出してます。とりあえずそのままでいなさい。
どんだけ嫌なことがあって、
死にたいって思っても
しぶとく生きる
そうすれば笑える時が必ず来る
私がそうだったから
No.49『あの頃の不安だった私へ』
短歌/連歌/5首
絶え間なく不安に押し潰されそうな時期があるから今があるんだ
病んだのは遥か昔のことのよう前を向けたら明日(あす)が見えるよ
あと5年ぐっと我慢をして私。幸せ掴む時が来るから
辛いよね。誰にも話せないもんね。だけど未来は君の味方だ
不安だと口にしてたら良かったと思っているけど好きに生きてね
「あの頃の不安だった私へ」
大丈夫
意外と本当に
ちょっとした言葉で
ちょっとした行動で
ちょっとした勇気で
ちょっとした努力で
全て変わるから
ペペロンチーノのカロリーが高い?
気にするな。それは私へのご褒美だから。
気にするな。それは彼との聖遺物だから。
「君をペペロンチーノ教団会員番号276に任命する」
「あっ、ありがとうございます!」
私は教祖に全力で頭を上下させて感謝を示した。
草な……教祖は甘いスマイルを私に向ける。やっぱりカッコいい。
ペペロンチーノ教の研修期間約1ヶ月を終えて私の不安はもう消し飛んでいた。
「ぺぺぺペペロンチーノ!」
「ぺぺぺペペロンチーノ!」
教祖に続いて私もコールする。こうしてペペロンチーノを前に両手を合わせて最大の感謝を伝えるのだ。これはペペロンチーノ教団の慣習のようなもので、儀式的な意味もある。
「とても張りのある声だ。いい! 昨日より成長したな」
「ぺぺぺペペロンチーノ!」
「ハハっ嬉しいか。よかったよかった!」
ふと、周りを見ると客や店員が私たちを訝しげにチラチラとみてくるのに気づく。
そういえば、ファミレスの中だった。
活動に集中していると周りが見えなくなる。
そう。
目の前の彼しか見れなくなる。
本当はペペロンチーノなんかどうでもいい。
彼に近づきたくて彼の運営する教団に入ったんだ。
思い返せば、ペペロンチーノへの不安を彼への好意で上書きして現実に目を背けた。
だったら、私は食べるべきなのか?
このペペロンチーノを。うんうん、今さらだよ。考えるだけ無駄なこと。どうせペペロンチーノを断とうとしたって、彼の悪魔の囁きによって、私はペペロンチーノに再び誘われるんだ。
だからしょうがない。
「まだ不安なの?」
「へ?」
彼の言葉に意表を突かれた。
「カロリー気にしてるなら無理に食べなくたっていいんだよ。ペペロンチーノ教団も無理に」
「無理してない!」
私は咄嗟に口を噤む。
気づいたときには店員がこちらに声をかけていた。
「他のお客様がご迷惑されますからお静かにお願いします」
私は「すいません」とだけ言って目の前のペペロンチーノを平らげる。
口の中がぺぺぺペペロンチーノ。
「無理してない」
今度は、しっかりと意志を示すように、ゆっくりとはっきりと口に出す。
「……」
彼は黙ったまま、その綺麗な頬に冷や汗を垂らしていた。
ペペロンチーノ歴5年
「「「ぺぺペッペ! ぺぺペッペ! ぺぺペッペ! ペペロンチ〜〜〜〜〜〜〜〜ノ!!!!!」」」
民衆の謳う国歌に祝福されながら、私と彼は手を繋いで前へ進んでいく。
もう不安なんていらない。
この国の主食はペペロンチーノになったんだから。
〜あの頃の不安だった私へ〜
大丈夫。って言いたいところだけど、今の私も不安だよ。頼りなくてごめんね。でも、、頼りなくて生きれてれば何とかなるよ。毎日誰かのためになろうと思って、ゴミ拾ったり、トイレッもペーパーの芯変えたり...。当たり前の事かもしれないけど、あの頃の私よりは気の利く女になったんじゃないかな?笑
別に誰も見てないけど、神が見てくれてるんじゃないかって思って。徳積んどけばいい事あるんじゃないかなって、まあ。こんな下心丸見えじゃ意味無いかな?笑。とかそんなこと思いながら毎日頑張ってます。
きっといい事あるよね。てか、あれ。
また明日からも頑張ります。
あの頃の不安だった私へ
拝啓
さわやかな5月の風が心地よく感じられます。貴方はいかがお過ごしでしょうか。
あの頃の私は死にたい、消えたいと願ってばかりでした。
誰に対しても相談できずにいました。
迷惑をかける、自身が思っていることを相手に言うことが怖くて仕方がなかった私へ。
大丈夫!とは自信を持って言えないですが、今私は楽しいです。
時に死にたくなることも、消えたくなることも未だにあります。
でも、あの時死ななくてよかったと思える時が絶対にきます。
心が死んでても、消えたくなってもここまで生きていてください。
何もいまだに残せていない私からのお願いです。
いくつになったところで、変わらないものがある。
それは、目に見えないもの。
漠然とした、明日への不安。
ただ、年を経るにつれ、変わるものもある。
それは、不安に対する見方。
簡単にいえば図太くなるのだ。
不安に対する処しかた、というものが、少しずつわかってくる。
相変わらず不安はなくならないけれど、
流し方が身についてくる。
だから、そんなに心配しなくていい。
大丈夫。
大丈夫よ。
20230525/あの頃の不安だった私へ。
【あの頃の不安だった私へ】
あの頃より今の方が不安を抱えている。
若いときはなんとかなるさ!みたいな変な楽観主義でいたけれど、年齢を重ねて、老後を目の当たりにすると不安になる。
10年後の私は今の私に何を言うだろうか?
案外、大丈夫だったよ!か
やっぱり、きついよ!か
10年後、この文章を読んでみよう。
そのためには今を健康に元気に生きなくちゃ!
不安はもしかすると暇な心の隙間に生まれるものかもしれない。
こんなゴミ屋敷の状態で突然死したらどうしよう、なんて思う暇があるなら一生懸命片付けすれば、忙しくて不安も感じる暇もなくなるよね。
#12
#86 みんな寂しがりや
日の暮れかかる公園のブランコにポツンとひとり、少女が座っています。
お母さんと二人暮らしの少女は真っ暗な家にただいまをしてひとりで明かりをつけてお母さんを待っている間が寂しくて少しでも家でのひとりぼっちが少なくなるようにお友達が帰ってしまった後もこうして一人でブランコに座っているのです。
ひとりは寂しいとか怖いとか
だから公園で時間をつぶしているとか
そんな事を言うとお母さんはとても困った顔をすると思うので、このことは誰にも内緒です。
大人になれば寂しくないのかしら?
少女の頭の上で夜のカーテンをおろす支度を始めた空に聞いてみます。
大人だって誰だって本当はみんな寂しいんだ
だから、寂しいは言っていいことなんだよ。
恥ずかしそうに赤く染まりながら夕焼け空が教えてくれました_
<おしまい>
お題「あの頃の不安だった私へ」
何も心配しなくていいよ
もう大丈夫
今は辛いだろうけど
必ずなんとかなるから
自信を持って
前を向いて
*あの頃の不安だった私へ
――あの頃の不安だった私へ――
今はまだ
不安の災禍の中にある
大人になる前に死にたかった私へ。
死にたい気持ちを抱えたまま大人になってしまいました。
貴方が抱いていた不安も、悩みも、苦しみも、表面上の変化はあれど根本的なものは変わっていません。相変わらず「死にたい」と口にしながら生きています。
命を断つことも何度も考えましたが、その後の周りへの迷惑を考えると行動に移すことはできていません。死ぬ瞬間は一瞬なのに何とも面倒くさいことです。
あの頃の私、生きる理由のない私。
結局理由なんて見つからないまま今日も私は生きています。
自分の人生に未練などないので出来るだけ早く死にたいものです。
未来の私より
あぁ、でも…大好きだった物語の最後を読めないのは少しだけ残念かな。