与太ガラス

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 こわい、こわくない、大丈夫、痛い、痛くない、やっぱり痛い、大丈夫、死ぬわけじゃない、ほんの一瞬、ちょっと痛いだけ、でもどのぐらい痛いかわからない、お願い痛くしないで…

 私は目をつぶって深呼吸をした。よし、行くよっ。ゆっくりと右手を前に出して、鉄のかたまりに触れ

「そんなに怖いなら、私から触ろうか?」

 急に話しかけられて、びっくりして振り向く。そこにはオレンジ色のトレンチコートを着てエコバッグに食材を買い込んだナオがいた。

「ナオ! 同じタイミングだったんだね、おかえり!」

 一緒に暮らしていても、帰宅時間が同時になるのはあんまりないから、ちょっと嬉しい。

「ただいま。で、何をためらってるの?」

 いざ問いただされるとちょっと恥ずかしい。

「えっと、静電気…」

「やっぱりそうか」

 そう言うとナオはおもむろにドアノブを握った。その瞬間にバチバチッという音が聞こえた。やー痛い痛い! でもナオは何事もないようにドアを開けた。


「玄関先で神妙な顔してるから、何かあったのかと思ったよ」

 夕飯の支度をしながらナオがさっきの場面を振り返る。

「だって静電気こわいんだもん。今日ほら、セーター着てるし」

 今朝はだいぶ冷え込んでいたから、お気に入りのピンクのセーターを着込んでいた。

「てかナオは平気なの? さっきもすごい音してたよ。バチバチって」

「ああ、そういう痛みには強い方かな。注射とかも全然平気」

 へー、うらやましい。

「私なんて音を聞いただけで『痛い』ってなっちゃうのに」

「まだまだお互い知らないことあるな」

「え?」

「冬になって初めて知ったよ。カナデの弱点」

 春から始めたルームシェア。たしかに生活を続けているとどんどん知らないことは出てくる。その発見の連続が楽しみでもある。

「私がいるときはいつでも言ってよ。ドアを開けるぐらいお安い御用だから」

「ありがと〜、頼もしいパートナーがいて、私ゃ幸せだよ〜」


 食事を終えてリビングでまったりタイム。

「キャッ!」

 という声と同時にバタバタと物音が聞こえた。ナオの声。私は急いで声のする方へ向かう。洗面所へのドアが少し開いている。金属部分に触れずにドアそのものをつかんで開ける。

「ナオ! 大丈夫?」

 洗面所には腰が抜けたようにのけ反って倒れ込むナオの姿があった。私の声にナオは洗面所の隅っこの床を指差す。

 そこには黒いモノが佇んでいた。なぁーんだ。私は思わずにやけた。

 私は洗面所の下の収納を開け、常備してある殺虫剤をサッと手に取るとナオの脇をクルッと一回転して(ぐらいの気持ちで)抹殺対象との間に割り込んだ。ターゲットを捕捉すると、一直線に銃口を向け、躊躇せずトリガーを引いた。

 シューッという音とともにターゲットは悶え苦しみ、そして動かなくなった。ナオはその光景を口を開けたまま凝視していた。

「ま、私がいるときはいつでも言ってよね。こんなのお安い御用だから」

「カナデさん、頼りになります…」

 ナオの弱点みぃつけた…。まだまだお互い知らないことがたくさんある。

11/25/2024, 12:43:00 AM