渇ききった草木一つ見えぬ砂漠の沿岸に、縄で縛られた人々の群れがあった。
彼らは皆々藁で結ばれた積荷を背負い、鋭い砂利石に血が滲んでも歩き続けていた。
彼らはそうせねばならなかった。
逃げ出せば、馬上の者たちによって、煙のでる筒で殺される。喉がいくら渇いても、空きっ腹が消えなくとも、死ほどたえがない恐怖はなかったのだ。
二日は歩いただろうか、途中で何人かが脱落し、砂漠に小さなオアシスを作ったものの、大部分は生き残っていた。
海上の大きな家に彼らは搭乗し、陽の光が一つも入らぬ部屋に詰め込まれた。
暗闇、蒸し暑く不衛生な部屋には、病気と恐怖が蔓延した。
血反吐と汚物によって、酷い匂いが充満していたが、もはやそれを違和感と覚えなくなるほど、彼らは恐怖に慣れてしまっていた。
船員に身体を売って助けを乞う者、踊り狂う者、見えぬ朝日を浴びるもの、謀略を企む者。その空間では、もはや狂気は一種の日常であった。
だが、天はまだ彼らを見離してはいなかった。
彼らが船に詰め込まれて、約一ヶ月の時が経たころだ。甲板は、暗がりと伝染病が広がり、彼らは憔悴しきっていた。もはや誰もが母語の形を忘れてしまったのか、波の音だけが響いていた。
突然、激しい衝突音と共に船が揺れる。
すし詰めの彼らもぶつかり合い、多少の混乱が生じたものの、すぐに落ち着きを取り戻した。
「今のはなんだ、何かぶつかったんじゃないか」一人がひそひそと言った。
「海には怪物がいるというから、きっとその類だ、俺たちは食われちまうんだ」
周囲が喚き立つ、それは死に喜んでいるのか、悲しんでいるのかもわからない悲鳴だ。
不意に戸口が開かれると、彼らの声はぴたりと止んだ。過度な会話には、鞭打ちが待っている。身体を震わせ、懺悔する。騒ぐべきでなかったと。
だが、その思いはつゆ知らず、彼らの見たのは意外なものだった。
白い人、手には筒と鞭がある。その恐怖は変わらない。しかし、その体には節穴が現れて、腕に抉れた赤い傷ができていた。
誰がはじめるでもなかった。
合図を待つことなく、彼らは白い悪魔を殴りつけた。呆気に取られたそれは、猛然たる野蛮を受け、次第に動きをとめた。
久しく光の下に現れた彼らの眼には、もう一つの大きな家と、青々しい海があった。
船上には、赤くなった悪魔の遺体と、
槍と筒で悪魔たちを成敗する彼らによく似た人々がいた。
互いに言葉は伝わらない。
だが、その境遇と憤怒が同じものであることは、どこまでも明白だった。
彼らは反旗を翻し、悪魔を追い詰めた。
鞭で叩き、海に落とし、怪物への供物とした。船上に既に悪魔はなく、残ったのは”彼らたち”だった。
その日の彼らは病に罹ったかの如く、踊り歌い、食らった。
短くも長い晩餐は終わり、似た人々は船に戻っていった。彼らもまた、船内を調べ、行き先を羅針盤に定めた。
『ここではない、どこかへ』
はるか先の故郷を目指し、船はどこまでも進むのだった。
4/18/2023, 9:57:08 AM