青雲と蒼原が賭けに負け、飲み物を買い行っている間、竹凛と海想は暇を持て余していた。
「なぜ、あの二人を意図的に行かせたのですか」
「海想とゆっくりお話したかったから」
「TAKE2」
「問答無用で却下しないで」
賭けと称して、竹凛が用意したのはクイズだった。ただし、無差別にネットから探したように見せた、仕込みありのクイズだったが。海想は竹凛にこう答えてと最初に言われていたため、その通りに答え、罰ゲームを逃れたわけだが、竹凛にこう、だる絡みされると二人に付いていったほうが良かったかと舌打ちをした。
「まあ、青雲は気づいてたっぽいけどね」
仕込み、というとまあ、と海想は頷いた。
「青雲はその上で楽しそうだからノッたんでしょうね」
「しっかし、今思い出しても蒼原の答えが分からず焦る様は笑えるな」
「むしろ僕は見ていて冷や冷やしましたよ…」
海想はその時の蒼原を思い出す。青雲は多分答えが分かっていただろうけど蒼原が答えるまで言わないと決めているのか、答えが分からず唸っている蒼原を見てそれはそれは楽しそうに笑っていた。竹凛は言わずもがな。海想に関しては蒼原に味方したいが、どうしたらいいのか分からず、口を噤んで様子を見守ることにしていた。すると最後蒼原は頭を抱えながら小さく叫び声を上げたと思ったら、次の瞬間にはいつもの無気力な顔に戻り
「飲み物は何を買ってきたらいい?」
と言い放ち、竹凛が吹き出していた。それに便乗して青雲が伸びをし、私もわかんなーいと結局二人で、買いに行くことになった。
「まあ、中々会える時間も減っていましたし、いい機会ですよ。竹凛にいにしてはいい案だと思います」
「おっと、辛辣ながらも優しさを織り交ぜた素晴らしい言葉…もっと褒めてくれてもいいぞ、海想」
「一言5000円」
「とりま20万でおけ?」
「冗談です、本気にしないでください…」
しかし、二人を見送ってから真面目に待つだけというのもつまらない。竹凛がどうしたものかと悩んでいると、持ってきた雑誌のトピックスが目に入った。
「なあ海想、初恋っていつなんだ?」
「は?」
竹凛は置いてあった雑誌を持ち上げ、指を指す。そこには『気になるみんなの初恋の日!君は早い?遅い?』と書かれていた。
「しょーもな…」
「いいじゃないか、たまには世間話でもしよう」
「じゃあ竹凛にいから」
「俺の聞いて楽しいか…?」
そうは言いつつ、竹凛はふむと記憶を遡り思い出す。
「…中学2年生のときの二学期、中盤隣の席になった女の子かな」
「くっそ具体的なのがリアリティを醸し出していて素晴らしいですね。貴方ならさぞ甘い言葉と顔を駆使してその女の子も落としたのでしょう」
「棘と皮肉がやたら効いててびっくりだよ。いんや、その時は本当にただかわいいなって思っただけで、告白も何もしていない。ちゃんと恋人ができたのは高校に入ってからだ」
「…意外です」
海想は目をぱちくりさせて竹凛を見る。竹凛はその反応にうんうんと満足そうに頷いて、その時のことを懐かしんだ。
「あの頃は、誰かと関わるのができないくらいコミュ障で、中二病極めていたから、女子に話しかけるなんてもってのほか。それにきっと優しくされたから憧れただけで好きとは微妙に違った気もする」
「今は女も男もよりどりみどりの竹凛にいにも、そんな時期があったんですね」
「本当に今では考えられないよな。高校生のときから恋人が途切れたことももうないし」
「それは初めて聞きました。」
竹凛は自分の話はもう仕舞と言わんばかりに一つ手をたたくと海想に期待の目を向けた。
「海想は…?海想はいないのか、初恋の日…もとい初恋の人」
「ご期待に添えず申し訳ありませんが、ないですね」
「そうなのか…」
その答えに竹凛は残念なような、少し安心したような気持ちになった。
「まあ、まだ海想は中学生だし、これから…」
「これからなんて来ませんよ、誰か一人を盲目的に好きになるなんて日」
ばっさりと海想は言い放った。その声はけして大きいものではなかったのに、竹凛の耳に嫌に響いた。
「いや、そんなことわからないよ。今はいなくてももう少しすればできるかも」
「いいえ、ありません。……あってはなりません」
そういった海想の言葉に竹凛は首を傾げる。
「…あってはならない?」
海想は小さく頷いた。
「だって僕は、どうやって人を愛したらいいか分かりません。こんな僕が誰かを思いたいなんて考えたら、相手を不幸にします。」
だからあってはならない、海想は何か間違っているのかと言わんばかりに竹凛を見つめた。
「愛されることや愛することなんて、普段友人や親、あと、僕らがしているやり取りの延長でいいんだよ。そんな深く考えるものじゃない」
「親は僕らを一番に愛したことなんてないですよ」
難しいことを言うんですね、竹凛にいはと海想はため息をついた。その様子に竹凛は根深いなあ、と苦笑いを零す。
竹凛にとってみれば、愛することなんて自分のやりたいようにやって、合わなければ、ばいばいするものである。結局、相性であり、自分本意にやっているのだ。竹凛の親だって大分アレだが、自分はそう考えている。
しかし、海想の考え方は違う。第一に相手があって、その人を傷つけないようにはどうするべきかを考える。するとやり方を知らない自分では難しいと判断する。だから誰とも一緒にならない選択をする。要するにくそ真面目なのだ。もっと恋愛なんて簡単に考えればいいのに、どうせ他人なのだから。
「まあ、今はそれでいいさ」
「色々言わないんですか」
「言われたい?」
意地悪くそう海想に尋ねると歯切れ悪く、いえ、と返される。
「ただ、親は、毎回のように聞いてきて追及してくるので」
それを聞いて、竹凛は顔を歪める。まだ中学生の子供にそこまで追及するか普通、と怒りがふつふつと湧いてくる。しかし、大人に片足突っ込んでいる身として、既のところで押さえる。
「無理矢理作るようなもんじゃないからね、気が向いたらでいいんだよ。人生なんて人それぞれなんだから」
そういって海想の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。海想はびっくりしたようだけど、いつものように小さくやめてくださいと言いつつ、嬉しそうに頬を緩めた。
「竹凛にいに聞いてもらえて、少し怖かったけど嬉しかったです。その、本当は初恋をまだしていないのは変だ、とか言われたらどうしようかと…」
「俺が海想を否定するわけないだろ!!むしろWELCOMEだっ!」
「あ、いつもの竹凛にいですね」
ノーセンキューです、と右手で押し返す。そんな海想とのやり取りに笑う竹凛を見て、海想は小さくため息をついた。ただ、胸に広がる温かいこの感情を感じて気づいたように、呟く。
「初恋、竹凛にいみたいな人だったら幸せなのかなあ」
海想本人はあくまで誰にも聞こえないように、呟いたつもりだった。しかし、竹凛がそんな海想の突然のデレを聞き逃すはずもなく、一瞬で真顔になる。
「海想、俺今から、彼女と別れてくる」
「はい?」
「そしたら海想の初恋が俺になった瞬間にすぐにその手を掴める」
「いや、その」
「愛なんて知らなくても、俺が死ぬほど注いでやる」
「は、話を…」
「まずは電話…」
「っっ!話を聞けっていってんだろ!まず第一貴方を好きだとはひとっことも言ってない!!」
「いつか言われるかもしれないでしょう!!」
「いい加減にしろ、クソ兄貴!!」
結局、この不毛な押し問答は二人が帰ってくるまで続くことになる。
5/7/2023, 3:15:44 PM