天体観測
キッズケータイから聞こえる君の声。
「今から星を見に行かない?」
いきなりの電話だった。遊ぶ時は、いつも前もって待ち合わせ場所と時間を決める君にしては、珍しい。
すぐさま行く、とだけ返事をして、こっそり家から飛び出した。
走る僕の頭の中には、お父さんの好きな「天体観測」が流れる。
午前2時フミキリに望遠鏡を担いでった
足は自然と曲のリズムに合わせ、動いていく。
こんな夜に1人で出歩くなんて。誰かに見咎められないかドキドキする。
近所はまばらに窓から灯りが漏れ出すだけ。待ち合わせの河川敷までの道は、歩き慣れた道のはずなのに、全く違うもののように思える。
見えないモノを見ようとして
望遠鏡を覗き込んだ
お父さんがこの曲を口ずさむたびに、思っていた。
"見えないモノ"って、一体何なんだろう?
息を弾ませ、河川敷に着く。
君は既に待っていた。
秋になったとはいえ、日中はまだじめじめと暑いが、夜は涼しい。走った後の汗が引くと、半袖では寒いくらいだ。君は、ちゃんと上着を羽織っていた。お母さんが「フミノリくんを見習いなさい」と僕を叱るのはこういうところなんだろうな、と思った。
やぁ、と君がぎこちなく手を挙げる。僕もそれを真似る。
もじもじとした空気の中、どちらともなく地面に腰を下ろし、空を見上げた。
暗闇にポツポツと明るい光が浮かぶ。綺麗だけれど、教科書に載っているような、満点の星空とは程遠い。
「オリオン座しか、僕わからないや。」
「星座早見盤を持ってくればよかったね。」
あの曲と違って、僕らは望遠鏡なんて持っていない。星のことをよく知りもしない。
それでも、今日、君が僕を誘った理由は何となくわかっていた。
それから、2人とも何となく沈黙したまま、星を見つめていた。言いたいことは沢山あるはずなのに、何と言えばいいのか分からないのだ。
ときおり、遠くから電車のゴトン、ゴトンという音だけがかすかに聞こえた。
「ねえ、」
意を決したように、ぽつりと君が言葉を漏らす。
思わず隣を見ると、体育座りのまんま、僕と反対方向に顔をそむけていた。
「離れても、僕らずっと友達でいれるかな。」
明日、君はこの街を出る。お父さんの転勤が急に決まったのだ。
ふと、"見えないモノ"の正体が分かったような気がした。
学校の先生曰く、星座は、人が勝手に星同士を繋いで作ったらしい。
僕らも同じじゃないだろうか。これから先、どんなに離れていても、他人からは無関係のように見えても、どうだっていい。お互いが友達だと思えているのなら、僕らだけにこの繋がりは見えるのだ。
照れ臭くてそう言えない代わりに、強く頷いて、返事をした。
10/5/2024, 3:37:28 PM