作品54 終わらない物語
はっと目が覚める。
僅かな期待を込め、辺りを見渡す。悲しいことに、そこには見知った景色が広がっていた。
まだ寝ていたい。そう強い意志を持って寝転んだままでいるが、それでも体は勝手に起き上がる。やはり抗えないのか。
戦はまだ続いていた。何人もの兵が、俺の目の前を通り過ぎていく。すぐ近くで一人の兵が、矢に射抜かれ倒れていた。おそらく矢尻に毒でも塗られていたのだろうか。ひどく喘ぎ苦しんでいる。
しばらくそれを眺めていると、その兵が喋りかけてきた。
「おい、お前。おれを、楽に、させてくれ。」
その声はとても小さく、弱々しかった。
流石にためらうが、それをすることに慣れてしまった体は勝手に動き、男の首を刀をあてる。小声で南無阿弥陀仏と唱え、刀を動かした。途端に血が吹き出し、男の肌がどんどん薄くなっていく。
血が流れていくのを、俺はただ眺めていた。
本当は血が苦手だった。魚を捌くときですら薄目じゃないと耐えられない。妹によく馬鹿にされるほど。
それなのに、この戦のせいで血に慣れてきた。きっとこれから先、前みたいに馬鹿にされることはないのだろうな。
それでも、死に慣れてしまうのが、ささやかな幸せを感じられなくなるのが、それが、とてつもなく、怖い。
そう考えている間も足は勝手に動き、どんどん前へ進んでいた。もう少しで先に進んでいた隊と合流してする。いやだ合流したくない。まだ死にたくない。
だなんて、きっと今ここにいるみんなが、丸っきり同じことを考えているのだろうな。この運命からは逃げられないのに。
しばらく歩き続けていると突然、後ろから名前を呼ばれた。振り返って見ると、相手は俺の幼馴染であり、俺の唯一の親友だった。
ようっと、挨拶を交わし合う。彼の腕には、血がベッタリとついていた。
「大丈夫か?その血。」
「ああ?ああこれか。……全部返り血だ。」
苦々しい顔をして言う彼を見て、きっとさっきの俺と同じようなことを、たくさんのしたのだなとわかる。
「そうか……」
「……あと、どれくらい続くのかな。何人殺せばいいのかな。」
あと数時間だ。あと、五人だ。そしてまた繰り返す。
「なあ、俺達、絶対帰ろうな。」
絶対帰れない。戦から抜け出すことはできない。
なぜなら。
これから俺達は、まだ息があった敵の兵たちに襲われ、ボロボロになるまで切られ、そこから何とか生きて逃げるが、逃げた先では俺達の裏切り者がいて、俺らはそいつに目をつけられるからだ。
端的に言うと、このあと俺達は死ぬ。
だから今すぐ逃げなくてはいけない。
この場から今すぐ。それなのに、体は決まった動きしかしない。このことを伝えなければいけない。それなのに、口は同じことしか喋れない。
何度同じ光景を見ているのだろう。何度同じことを言うのだろう。なんで同じことしか言えないのだろう。
何も変えられない悔しさが、俺を苦しませる。
それでも。どんなに悔しさで泣きそうになっても、俺の表情は前回と変わらないまま、彼と喋っている。あと数歩歩けば、敵の兵に襲われるところに行く。そして傷つき、死に、またこれを繰り返す。
そう。繰り返すのだ。何度も何度も、俺はこの場面を、死ぬ瞬間を、何度も繰り返している。止めようとしても、何も変わらない。変えられない。
きっとここは小説の中だ。そうとしか考えられない。だからきっと、同じことを何度も何度も繰り返してるんだ。
くそったれ。なんで俺達なんだよ。
それでも足は歩みを止めさせてくれない。
そしてまた、前回と同じことが起きる。切られ、刺され、殴られ、逃げ、捕まえられ。
体が痛い。いや熱いのか。何もわからない。頭がガンガン鳴っている。重い。息が苦しい。汗が止まらない。寒い。まあ、いわば満身創痍ってやつだ。
その状態で、裏切り者に見せしめにされ、無駄に苦しむ。
あーあ。ぱっと死ねれば、こんな苦しい死に方しないのにな。
早くこの物語が終われば、もう死なないのにな。
それでもこの物語は、終わらない。誰も終わらせてくれない。終わりたい。
早く、最後の章を書いてくれ。もう何でもいいから、俺達を楽にさせてくれ。
そう願って今回もまた、手に握っている刀で首を切った。
そしてまた、
⸺⸺⸺
書き終えられてない物語の中で永遠に苦しむ者。
1/26/2025, 12:44:25 AM