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かき氷を食べた。冷たくて甘い。じゃりっともシャクっともとれる手回し特有の荒い氷の食感と、昔から変わらないどういう意味かも分からない作り物の青い南国の味。さっきまでじっとりと体を濡らしていた汗はひき、お腹から足先に向けて冷えていく。少し寒いくらいだ。
控えめなシロップの色を含んだ氷は粒が大きいからか光を乱反射させ水晶のようにキラキラと輝く。なぜか、今まで見たかき氷の中で1番綺麗だと思った。ノスタルジックな要素は何ひとつとしてこの場にはないのに。愛するひとも、汗水を垂らした青春も、線香の匂いがする縁側でもない。仕事終わりの夕方。生ぬるい空気がまわる台所のダイニングテーブルの上だ。そんなはずはないだろう。もっと楽しくて素敵な思い出付きのかき氷があったはずだ。家族と行った花火大会、夏休みに遊びに行ったおばあちゃん家、喫茶店の期間限定メニュー……
じわりと暑さの残る思い出の中にあるかき氷はどれもシロップがかかりすぎて濁って氷が沈んでいる。だいぶ溶けて諦めて付属のストロー型のスプーンですすったり、全部の色が混ざってほうじ茶のような色になっていたり……そう思うと私はかき氷の"氷"側を楽しめていなかったのかもしれない。氷は体を冷やすためのオマケで甘いシロップやトッピングにのみ心を踊らせる幼稚で可愛い感性の持ち主だったのだろう。
小さい頃の方が空は青く感じた。ショッピングモールは賑やかでワクワクした。歳をとる度視界に入るそういうもの達が色褪せて感じるとなんだか切なく苦しい。今のうちに焼き付けておくべきかと学生の頃は覚えられるはずもない広大な空を無意味に眺めていた。
そんな不安とは裏腹に社会人になって初めてかき氷の輝きに気づけた。不思議で仕方なかったが、長い時間生きたから、色んなものを見て感じて見方や意味を知ることができたから、感じ方がやっと大人になったんだ。そう思えてちょっと、まだ生きてて良かったなと。溶けきらないうちに食べ終えられた最後の透明なひと口をすくった。

6/28/2024, 2:58:59 PM