月に願いを
僕は夜が好きだ。
誰にも邪魔されない、昼間のようにうるさくない、静かなこの刻が……
静かで何も考えない夜だからこそ、無意識にあの人のことを考えてしまう。どこに行ってしまったのだろうか。
あの人は、僕の胸と記憶に深く刻みを入れたあと、突然消えてしまった。
満月の日はあの人を思って手紙を書く。本人には届かない手紙を。手紙の内容は、その日その日にあの人に向けて思ったことを書く。そして、最後には
いつも決まって「ありがとう。」この5文字の感謝を書き、封をする。
あの人に会うことができたら1番に伝えたい言葉。
あの人に出会う前の僕の世界は黒白だった。僕のしている仕事にも誇りを持てなかった。でも、あの人に逢えて僕は、僕のしている仕事に誇りを持つことが出来た。世界だって様々な色を放った。あの人には感謝してもしきれないほどだ。
こんなに気持ちがあっても、あの人は僕の前に姿を表すことはなかった。以前より、仕事に誇りを持てるようにはなったが、あの人がいなくなってからの僕の世界はまた黒白の世界に戻ってしまった。
それほどまでにあの人の影響力は大きかった。
「もう1度逢いたい」
だから、満月の日に月に願いながら手紙を書く。
満月に願うと、どの日の月より願いを叶えてくれそうと、そう思ってしまうのだ。
僕の力では見つけ出すことが出来なかった。
僕は、あの人の何も知らなかった。力不足だった。
だから、皆が見えるであろう、月に願ってしまう。
あの人も見ることのできる月に向かって……。
「ここに帰ってきて」と、「逢いたい]と、
「あなたの居場所はここではないのか?」と、
願ってしまう。問いてしまう。あの人ではない月に…。
そして、あの人に会えた日の夜には
「今日は月が綺麗ですね。」とそう言いたい。
こんな膨大な想いや願いさえ受け止めてしまう月なら、僕の願いを叶えてくれると、そう錯覚してしまう。そう望んでしまう。そう願ってしまう……。
「逢いたいから」この理由だけで、がらでもないことをしてしまうほど人間は欲深い者なのか、と自分のことながら失笑してしまう。それでも願ってしまう。人間は真に大事にしたい者の為なら何でも出来てしまう。そういうものなのだと感じた。
「どこにいるの?」「逢いたいよ。」
「ここに帰ってきてよ。」「俺のいる場に……。」
そう願いながら眠りにつく。1粒の涙をこぼして…
fin
5/26/2024, 1:03:10 PM