初音くろ

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今日のテーマ
《終わりにしよう》





「なあ、もう終わりにしようぜ」
「あと1回! もう1回だけ!」

クレーンゲームのコントローラーを握りしめながら彼女が言う。
お目当ては彼女の推してるキャラクターのマスコット。
恋人のオレをそっちのけで、今や『それ』しか目に入っていない。
そのことが面白くなくて暫く放置してたけど、3回も両替した小銭が尽きかけているのを見てさすがに止めに入った。

「それが最後の1回だからな。それで駄目なら諦めろよ」
「うん……よし、今度こそ! 今度こそ取れて!!」

祈るようにコインを投入し、真剣な顔でレバーを操作する。
その横顔を、オレにもそのくらい真剣な瞳を向けてくれよ、と密かに思いながら静かに眺める。
結構いいところまでいっているのに、彼女はこの手のゲームが壊滅的に下手くそで、今回もやっぱり取ることができなかった。

「あああああ」
「ほら、約束だぞ。これでおしまい」

嘆きの声を上げる彼女を強引に引き剥がして店を出る。
ここで所持金を大いに減らした彼女は、昼食前にATMに寄らせてほしいと、情けない顔で言ってきた。

さすがにオレを放って長い時間夢中になっていたのに罪悪感を覚えたのか、彼女はその後はクレーンゲームの話題には一切触れることなく、明るく楽しげに振る舞っていた。
それどころか、いつもならキャラクターグッズを扱う店の前を通れば見ていきたいと言い、コンビニでそのキャラクターのコラボ商品を見つけたらすかさず話題に出してくるのに、今日はそうしたことも全くない。
そんなに気遣わせるほどオレが不機嫌に見えたのか、はたまたそれほどあのマスコットが取れなかったことに凹んでいるのか。
どちらにしても、空元気なのは丸わかりで、そのことにオレは余計に苛立ちを覚えた。

「ちょっとトイレ。そこの本屋にでも入って待ってて」
「あ、わたしもトイレ行きたい」
「じゃあ、終わったら本屋で合流でいい?」
「うん」

そう言って彼女が女子トイレに入っていった途端、オレは即座に踵を返し、人にぶつからない程度の小走りで午前中に寄ったゲーセンに向かう。
待ち合わせを本屋に指定したのは、自然に別行動を取るための言い訳である。
件のクレーンゲームの前に客はなく、オレはポケットから素早く小銭を出して投入した。

幸い、彼女が欲しがってたマスコットは、あれから殆ど位置が変わっていなかった。
クレーンゲームはどちらかと言えば得意な方だ、
あの場でもし彼女が頼ってくれていたら、無駄金を使わせることなくあっさり取ってみせたのに。
いや、オレが変に拗ねたりせず、素直に「取ってやるよ」と言っておけば良かったんだ。
そうしたら、彼女に無駄金を使わせることも、あんな風に空元気のぎこちない笑顔を浮かべさせることもなかったに違いない。

後悔と罪悪感に苛まれるが、そんなことで集中力を切らして失敗するのは馬鹿らしい。
しっかりゲットして、彼女に心からの笑顔を見せてもらうんだ。


本屋で待つ彼女と合流し、店を出てから件のマスコットを渡すと、彼女は周囲の人が振り向くくらいの大声で喜びを露わにし、オレが今日一日ずっと見たかった晴れやかな笑顔を見せてくれた。
モヤモヤを抱えた不機嫌な彼氏も、凹んで空元気で振る舞う彼女も、これにて終了。
そこから仕切り直して、デートの後半戦は2人して心から楽しく過ごしたのだった。





7/16/2023, 1:04:54 AM