僕は今、雪(ゆき)の帰りを待っていた。雪は僕の創設者であり、この家の主である。雪はオールラウンダーでいつも冷静だった。そしね僕の辞書で言う、クールな人。
今日は雪が目を閉じるのを忘れた為、省エネモードに切り替えられなかった。
暗い中、一人目を開けて一点を見つめている。
...カチャン......キィー...ガッチャン...カチャ
遠くで音がした。雪が帰ってきたと思い、僕は立ち上がって玄関に向かう。
「雪、おかえりなさい」
「............」
「雪、おかえりなさい」
「.........ただいま吹雪(ふぶき)」
雪の声が、小さく掠れていた。
「雪、今からお風呂を沸かしますので少々お待ち下さい」
「............ごめん吹雪。今日は放っておいて」
雪は下を向いたまま僕の横を通り過ぎた。
放っておいて、と言われた為お風呂を沸かすのを止めた。
そして先程居た位置に戻る。だがそこで省エネモードにしてもらうことを忘れていた。このままでは充電が切れてしまう。
僕は雪の部屋の前の扉へと行く。
コン、コン、コン
規則正しく三回鳴らした。
「...何?」
そっと扉を開けて出てきた雪の目の下が赤く腫れていた。
「すみません、省エネモードに切り替えて頂けませんか?このままだと充電が」
「わかった...」
雪の部屋へと入る。雪は僕にコードを繋げると、パソコンが大量に並んでいる内の一つを操作し始めた。
「............」
「............」
今日は沈黙が酷い。いつもなら雪が話しかけてくれるのだが。
いつもの雪と声色も顔色も何もかもが違う。
何があったのだろうか。三日前までは優しくにこにこしていたのに。
「......雪、今日の朝、ベランダに雀が一羽留まりました」
「?.........そう」
「今日の昼、日差しが強く少し熱いと感じました」
「......そうなんだ」
「夕方は赤色が強いのに、熱くはありませんでした」
「............」
「それから____」
「吹雪」
雪が僕の名前を呼んだ。先程とまた違う、何かを抑えるような声。
「......ちょっと静かにしてくれないかな...?集中できない...」
「......すみません」
雪を怒らせてしまった。放っておいて、と言っていたはず、僕が喋るのは余計なのだ。
そこからはお互いに黙った。
「.........ごめん遅くなった。今モード変えるから」
雪はそう言って僕の前へ立つ。
「......」
僕の額に手が伸びてくる。が、その手が下ろされた。
「雪?」
「.........」
「どうかしましたか、雪」
「......さっき...ごめん......吹雪が話しかけてくれたのに...」
雪の瞳がふるふると震えている。何故雪が僕に謝ったのかわからなかった。
「いえ、雪の邪魔をしてしまったのですから当然です」
「......っ...ごめ......」
雪が再び言いかける前に、涙を落とした。
雪は裾で顔を拭く。何故そんなに泣いているのか理解できない。邪魔をしたのは僕なのに。怒って当然なのに、何故。
「......吹雪には見せたくなかったのに...」
僕は『何故』ばかりが増える。
「...今日の事全部忘れてくれよ、なんてな」
雪はそう言って僕の瞼を下ろした。
僕は部屋の隅で正座をする。
雪が眠った事を確認すると、雪のこれからの幸せを願い、今日の記録を消した。
お題 「どこにも書けないこと」
出演 吹雪 雪
2/7/2024, 4:33:46 PM