名無しの夜

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 峠の見晴らし台にバイクを止める。

 軽くストレッチをしながら付近を歩いていると、少し年長の旅人と目が合って互いに会釈する。

 ナンバーから、自分が来た方向とは逆から走ってきたのだろうと予測して、どちらに行かれるのかと尋ねてみた。

「私は、——側に」
「そうですか、自分は——」

 ちょうど出発と目指す方向が互いに逆で、何となく面白さを感じて微笑み合う。


 年長の旅人は休憩中のためか、ライダースーツの外に下げたロケットペンダントを開いて出していた。

 思わずそこに視線が止まってしまって、年長の旅人は連れ合いなんですよ、と言葉を添えた。

「長く闘病していて、一緒に出掛けることもままならなかったものですから」

 常にこうして身に着けていると不思議なもので、魂の欠片くらいは、本当に一緒にいるような気がするのです——と続けた。

「自己満足だとは、思うのですけれどね」

 年長の旅人の言葉に、そんなことはないでしょうと応える。

「ご一緒にいらっしゃると、私も感じますよ」

 そしてふと思い立ち、一緒に並んで写真を撮った。

「ご縁があれば、また」

 そうして別れ。
 自分の旅路へと、戻る。



 数年後。

 様変わりしたあの峠の見晴台で休憩をしていると、やはり一息入れていた年若い旅人と目があった。

 軽く、挨拶をし。

 いつだったかと同じように——逆の経路へ向かう同士だと知って、何とはなしに笑みを交わす。

 年若い旅人が、胸元の開いたロケットペンダントに目を止めているのに気付いて、経緯を語った。


「私は、家族に縁遠かったのですが。不思議とその方にご縁を感じまして、ね……」

「わかる気がします」

 自分もそうです、と年若い旅人は呟き。

「失礼でなければ、一緒に写真に写って頂けませんか?」

 と尋ねてきた。

「もちろん、良いですよ。光栄です」


 ロケットの写真とともに、カメラが笑顔を撮る。

「ありがとうこざいます」
「こちらこそ、ありがとうございます」

 今一度、会釈して。

 互いに正反対の方角へと、出発する。


 風を切って、ひとり走る。


 けれど、どこか魂の一欠片は。
 あの年若い旅人とともに走っている——

 そんな自分の姿を、夢想した。

5/31/2024, 6:24:30 AM