池上さゆり

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 お金が貯まれば幸せになれると思っていた。だから私は狭い部屋で必死に仕事を続けた。イラストレーターとして成功するまでは、1DKのこの部屋で我慢すると決めていた。ベッドと作業用の机、冷蔵庫に電子レンジしか置いていない。好きなデザインのソファや大きな本棚が欲しくても、断念していた。
 そんな生活を続けて数年。周囲から現実みて正社員として働いた方がいいという注意すらされなくなった頃、やっと大きな仕事をもらえた。とある小説が映画化するから、登場人物のキャラクターデザインをしてほしいというものだった。これが成功すればすべてうまくいくと信じた私は必死に頭を使って、作品との解釈違いが起きないよう。それでいて個性的なキャラクターになるよう頑張って描いた。
 見事、その映画は大ヒットして、私の名前も少しは知られるようになった。それをきっかけに仕事を増えて、お金もたくさん貯まった。
 理想の家に引っ越しして、理想のインテリアを揃えようと決めた。新築で建ててもらったその家は私の理想通りだった。新調した家具も、庭に咲く花だって。なに一つ文句なかった。
 そんな広い部屋で再び仕事を始めた。はじめは人生における一つの目標を達成したせいか、あまりやる気が出なかった。だが、どれだけ長くこの家で仕事をしてもその状態は続いた。
 そして私は気づいた。成功するまで一人で頑張り続けたあの部屋が、家が恋しいのだと。あの部屋に詰まっていた努力した時間を無くしたように感じた。
 結局、お金が貯まっても私は幸せにはなれなかった。お金がなくても、幸せを感じられていたあの頃に戻りたくても、もう戻れない。自分が履き違えていた価値観に一人、虚しさを覚えるのであった。

6/5/2023, 10:02:49 AM