小砂音

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#29 ルール(17:14:00)

ルールとは、課された集団における“普通”の人が、普通に何の理不尽や不条理に晒されず、広い秩序の中に収まった自由を最低限保護する為にあるだけだ。
つまり、“普通”から少しでもはみ出した人のことは取り零すようにできている。

これを紛糾したいのではない。
何度も直面するそう気付かされる現実を、わたしは忘れず、常に心に留めていたいのだ。

できうる限りの選択をし、時に普通であろうと背伸びをして最前策を取り、愛情を持って接していても、そのルールが適用されない人は多く在る。
“普通”の人はそういう人に対して、一切の妥協を許さない。
一度の過ちも、些細な休息も許さない。

その両者の間には壁はおろか溝すらなく……というよりも、人間には本来“両者”などと表現できるような収まるべき場所などなく――カテゴライズとは分かりやすくするために必要な行為でありそれ以上でも以下でもない――少しのことで簡単にどこへでも行けてしまうし、何者にもなり得るというのに。

ルールは必要だ。
心からそう思うし、ルールを作ることは人を想うことだとも考える。
しかし、ルールはどんな物事と一緒で、完璧で完全なものはないことも知っているつもりだ。

だから、いくらルールを必要とするわたしでも、そして紛糾するつもりはないとしても……。ルールを成熟させる気もなく穴だらけのルールを論理的なアイテムとして振り翳し、ルールに頼ってでしか判断を下せない人や組織や仕組みや思想を、わたしは正直、ここまで多くは必要としていない。

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#24 もしも未来を見れるなら

「着きましたよ」
運転手の声でわたしは目を覚ました。
また17時頃にここへ迎えに来るということだったので、礼を言って、金を払った。

銀色のオープンカーから降り立つと、そこは未来のようであったが、せいぜい数十年先のことだからか、東京は然程変わり映えはしなかった。

あの2030年を越え、散々取り返しのつかないことになると言われていた此処も、仮初の穏やかな日常にどっぷりと浸かっていた。
砂糖で煮詰まった腐りかけのいちごのように、その場限りの寿命を消費していた。

わたしはすぐ目に入ったカフェで、無脂肪ミルクで作ったコクの少ないアイスカフェラテを買い、飲みながら、未来の青山を歩いた。

利益が何かも知らないままに損を避けて生きてきた人たちが、各々お洒落をして、其処彼処を行き交っている。

それは、ふとショーウィンドウに写し出された自分自身も、決して例外というわけではなかった。
ファンデーションを施した肌に、美しいワンピースの花柄が透けているのがいい証拠だった。

それでも、アイスカフェラテが胃から迫り上がってくることはなかった。
何も飲み込むことはなかったのだ。


「いかがでしたか?」
17時、銀色のオープンカーの中、白い手袋をした運転手が言う。
「何も変わっていなかった。カフェラテの味さえも。平和で、安心した」
後に続くべき“悲しいほどに”という言葉は、飲み込んだわけでは無い。
出なかったのだ、催さない吐き気のように。

もしも未来を見れたとしても、ロクなことはないだろうし、未来の自分にとって未来という現実は、どれほど腐っていてどうしようもなく、ひどい天災に見舞われていたとしても、まったくドラマチックではないのだ。

だけど、そうであるからこそ。
わたしは未来に繋がる今という時間を、目を逸らさずに消費しようと思っている。

損得なんてあやふやな秤を使って、選択はしない。
そのことだけ、自分自身に誓えたのはプラスなことだったように思う。

4/25/2023, 4:15:02 AM