箱庭メリィ

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とめて、止めて……
ねぇ、お願い! 誰か止めて!

わたしの足はワルツを、ステップを踏むように
あちらへ こちらへ ひとりでに動いていく

わたしが悪いの?
こんなことになるのなら、こんなステキな靴なんて望まなかった

お願い、止めて
わたしの足を止めて!

もう靴の色なのか 私の足に流れる色なのか
わからないの

赤い靴をはいた足は、踊るように止まることを知らない――


/『踊るように』9/7





時計の針が頂点を指した。
それにぴったりと寄り添うように短針が重なった。
「ぴったりと針が重なり合う時。それは始まりを告げる。もしくは終わりかもしれないね」
パチンと懐中時計の蓋を閉じて、男は傍らの子どもに微笑んだ。
「なにクサいこと言ってんですか。劇のセリフでもあるまいに。そんなこと言ってるヒマあるならさっさと仕事行きますよ」
傍らの子どもは冷たくあしらうと、ハンチング帽を目深にずらした。
いつしか行動を共にするようになったこの子どもは、彼の相棒だ。
だが相棒と呼ぶほど、仕事の片棒を担がせるのは良心が痛む。
「今日の獲物は絵画『彗星の美女』。まっすぐ12時の方向、南の窓の鍵が開けやすいですよ」
早々に留守番係になってもらいたいのだが、いかんせん優秀なので口実を作れずにいる。
「よし、じゃあ行こうか」
彼はマントを翻すと、仕事――怪盗となり、闇夜に消えた。


/9/6『時を告げる』

 書き上げた直後に消えた悲しみ……。
 色々消えてしまって不完全燃焼気味。戻らない言葉たち。





昔、小学校の運動場で貝がらを拾っていた。

わたしはあまり活発な子ではなかった。
同じように仲のいい子たちと静かに(わたしたちの中では活発に)遊んでいた。

その頃のわたしたちは、砂場で貝がらを拾うのがブームだった。
どこかから運ばれてきた砂にまぎれる貝がらはロマンがある。
この限られた空間から拾えるキレイなものは、宝物だった。


「ねぇ、しってる?」

ある日いつものように貝がらを拾っていると、ある女の子がつぶやいた。

「ぴったりくっついた二枚貝を拾うとね、願いが叶うんだよ」

女の子は砂をさらいながら続ける。

「こんなふうに開きかけとか割れてるのとかじゃだめ。ちゃんとぴったりくっついてるの」

ひとつ拾ってみせたその貝がらは、二枚貝ではあるものの、少し口が開いていた。

「見つけよう!願い事が叶う貝!」

わたしたちは、それから砂場をひっくり返す勢いで、それこそ隅から隅まで探したと思う。
一週間も経った頃、見つからなかったのか飽きたのか新しいブームが来たのか、どれが原因だったか覚えていないが、ひっそりとわたしたちは貝がら探しをやめた。
結局、誰ひとり二枚貝を見つけることは出来なかったのだ。

――たぶん。
実は、わたしはこっそり見つけていた。

白いぴったりとくっついた二枚貝。
「宝物を見つけた!」と思った。
あの時は、海沿いで結婚式を挙げる花嫁のウェディングドレスのような白だと思った。
そう思ったのは、年の離れたはとこからのハガキが原因だろう。今ならそう思う。

キレイにぴったりと口を閉じ、あんなに砂にまみれていたのに汚れもなく、まっしろな二枚貝だった。
これは願い事も叶えてくれる。そう思えるほどのものだった。
これは大事に仕舞わなければと思い、引き出しの宝物箱になっている菓子缶から、小瓶を取り出した。

この小瓶は、両親が結婚祝いを贈ったはとこからのお返しの中に入っていた、幼い私宛のお土産。あちらの願いが叶うと言われる砂を入れた小瓶。

誰にも見られないように、ゆっくりと小瓶を開け、そーっと貝がらを入れた。そして願い事が叶う空気のようなものが抜けないように、さっと瓶のコルクを閉じた。


もしかしたら、みんな言わないだけで、ひとつくらいは見つけていたのかもしれない。
だけど自分だけが見つけて和を乱すのも嫌だったから、こっそりとポケットにしまった。


「ふふ、願い事、まだ叶えてくれるかしら?」

あれから20年は経った。
引き出しの整理をしていたら出てきた小瓶。
懐かしくて、手のひらに出してみた。
未だにぴったりと口を閉じている。

(あの頃はあんなに手のひらの上で輝いていたのに――)

もう小指の爪くらいになった小さな白い二枚貝。
色褪せることのない白を汚すまいと、持っていた指先から小瓶に大事にしまった。


/9/5『貝殻』

9/7/2023, 5:40:55 PM