あると

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『時間よ止まれ』

 あの子が乗った電車が遠ざかっていく。

 ホームの端、古びた柵から上半身を乗り出して、目だけで電車を追う。

 満員電車の窓を覗くといろんな人が見えるけれど、小柄なあの子はその中に埋もれていて、指先ひとつも見えやしない。

 でも、窓は開いている。

 今ならまだ届く。私の言葉。

 大声で、叫んだらきっと、あの子の耳にも届く。


 ずっとずっと、言えなかった言葉を。
 何日も、何ヶ月も、心の中で育て続けた大切な言葉を。あの子のための言葉を。

 『ありがとう』って言わないと。

 そう思うのに、声が出せない。
 
 大声で叫ぶのって、けっこう勇気がいる。
 そんな簡単なことにすら思い至らなかった。
 柵を握る手に力がこもる。大きく開けた口が、当惑している。行き場をなくした小鳥のように、震えている。
 
 ……まだ届くのに。今なら、まだ

 時間がほしい。たった数秒。
 大きく息を吸って、吐いて、心臓の音を聞いて……自分の中から勇気を見つける時間が、ほしい。

 そう思ううちにも、どんどん電車は駆けていく。

 はやくしないと。きっとこれが最後なんだから。
 
 だから……お願い。少しだけ。少しだけでいいから。

 「時間よ……止まれ」

9/19/2024, 11:43:26 AM