「ももちゃん?」
久しぶりに聞いた、私の名前。
呼ばれた方を向くと40代前半くらいの優しそうな女性、と手を繋がれてる小さい男の子は多分その息子。
人間関係はかなり狭いけど、その女性に見覚えはない。
「あ、ええと すみません、私…」
人違いです。と言葉が出かかる。
だけど名前、私の名前を知っていた。
「あ、ごめんね。びっくりさせちゃったよね、いきなり。だって幼稚園以来!」
記憶に埋もれていた幼稚園の先生の面影が鮮明になっていき、目の前の女性とぴたりと重なる。
「かなえ先生……!」
途端、鼻の奥がツーンとして涙が込み上げてきた。なんで、ああ情けない。
自分でも理由がわからないまま涙がポロポロとこぼれる。
「あらあら、どうしたどうした」
そう言いながらかなえ先生は駆け寄って来て私の背中をさすってくれた。
恥ずかしい。何も成長してないじゃないか。
呼吸が乱れて頭に鼓動が響いてくる。まずい過呼吸だ。
やなとこばっかり昔と変わらない。
ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、、
頭が痺れてぼーっとする。
男の子が心配そうにこちらを見上げてくる。
「だいじょうぶう?しんこきゅう、するといいよ。すぅー、はぁー、すぅー、はぁー」
ハァ、ハァ、、すぅー、はぁー、すぅー、はぁー、すぅー、はぁー、すぅー、はぁー……段々と、落ち着いてきた。
先生は変わらず背中をさすってくれている。
「ももちゃん、私、思うのよ。大人なんてどこにもいないのよ。みんな途中で、何もかもができて、何もかもがわかる時なんて一生来ないのよ。だから何も気負わなくていいの。大丈夫よ。大丈夫、ももちゃんは、ももちゃんでいれば」
ってありきたりか、と先生は明るく笑う。
もう一度息を深く吸い込んでみる。
そうか、途中か。
時間をかけてまた息を深く吐き出す。
そうだよね、大丈夫、きっと大丈夫。生きていくんだ、私は私で。
『胸の鼓動』
9/8/2024, 2:03:41 PM