冬にしし鍋

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 僕のお母さんはおかしいらしい。お祖父ちゃんがそう言っていた。
 お父さんは昔事故で亡くなって、それからお母さんは女手一つで僕をここまで育ててきてくれたのに、お祖父ちゃんはどうしてそんなことを言うのか、不快に思ったし、不思議に思った。だから、あんまり悪く言わないで欲しいと、その時は怒ったんだ。
「お母さん、僕はお母さんの味方だからね。」
 お祖父ちゃん達が帰ったあと、お母さんにそう言うと、お母さんは嬉しそうに笑いながら涙を浮かべる。それから、ありがとうって僕を抱きしめてくれた。
 その話を仲のいい友達に話したんだ。お父さん同士が昔から仲が良かったらしくて、そこからずっと付き合いがある、なんでも話せる関係の友達。彼は僕の話を聞くと、難しい顔をした。それから、意を決したように僕に語りかける。
「おばさんはおじさんと一緒に事故で亡くなっただろ。本当にあれはお前のお母さんなのかよ。俺にはそうは見えない。」
 君まで僕のお母さんを悪く言うのか?と思わず声を荒げた。しかし彼は堂々とした態度を崩さないまま、「ちょっと待ってろ。」と一度部屋を出ていった。戻ってきたと思ったら、新聞紙を持って来て僕に投げつける。
「信じられないならこれを見ろ!」
 投げられた新聞紙は僕のお父さんが事故で亡くなった日の次の日に発行された地方新聞で、そこにはお父さんの事故のことが載っている。
「俺の父さんと母さんはそれを見る度に悲しそうな顔するんだよ。でも捨てられないんだ。おじさんとおばさんがいた証拠だからって。」
 彼は一か所を指差して教えてくれる。そこにはお父さんとお母さんの名前が載っていた。事故についての記事だ。
 助手席に乗っていたお母さんは致命傷で、お父さんより酷い損傷だったらしい。駆けつけたときにはもう二人とも亡くなっていたと書かれている。
 僕は記事を信じる事が出来なかった、だってお母さんは朝も一緒にご飯を食べて、僕を見送ってくれたのだ。
 もしこの記事が本当なら、僕の今までの環境がおかしかったのなら、それなら、僕と一緒にいるあの人は一体誰なんだろう。

9/23/2025, 7:03:02 PM