作家志望の高校生

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一瞬とは美しいものだと思う。
私の友人にも、一瞬の魅力に取り憑かれた者がいた。
彼は確か、水滴の美しさに魅入らていたはずだ。
最期は、水と同じになりたかったなんて遺して死んだ。
類は友を呼ぶ、とは言うが、よく言ったものだ。
私も、似たようなものなのだ。
流れ続ける時の中、秒針さえ動かぬうちに起こる、ほんの一瞬の出来事。
水滴が落ちる、風船が割れる、火花が爆ぜる。
そのどれもが、確かに美しかった。
刹那というのは、破滅的な美しさを孕んでいる。
一瞬の間に現れる事象は、大抵がその一瞬でしか見られない。
その一瞬を逃してしまえば、全く同じものを見ることは二度とできない。
その一過性が、私は好きだ。
かの友人は水に偏愛を向けていたが、私は刹那という時間的概念そのものを愛している。
それは人がどこかへ向かう足取りのほんの一瞬であったり、あるいは生まれたての赤子が産声を上げるために息を吸う間であったりする。
懐で静かに時を刻み続ける秒針が鳴る間に起きる出来事があまりに儚くて、その時間に囚われていた。
全ての事象は、極めて短い時間の連続で組み上がった、自然的で複雑なものなのだ。
世に起きている活動の全ては、私の愛する刹那の集合体とも言える。
だから、私はこの世界自体を愛していた。
一瞬の間に生まれ、そこから一瞬を積み重ね続けてきた世界は、なんとも複雑で、刹那同士が絡み合ってできている。
そんな考えだから、私は享楽的であり、虚無的に生きていた。
この一瞬の、次の一瞬があるとは限らない。
世界の終わりは、ひょっとしたら一弾指の間に起きるものかもしれない。
そう思うと、今その場にある刹那でしたかったことを目一杯しないと損な気がして、けれどそんな営みも無意味なものに思えるのだ。
刹那を、一瞬を、永劫に、悠久に重ねて積み上がってきたこの歴史が崩れる一瞬を、いつか私は目にできるだろうか。
そんなあるかもわからない刹那を待って、私は今日も、秒針の動く八万六千四百秒のその隙間を、じっと眺め続けている。

テーマ:刹那

4/29/2026, 8:43:35 AM