かたいなか

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「ひとひら。……『ひとひら』……?」
そういや「ひとひら」って、花びら以外に何に使えるんだ。歌か。 某所在住物書きは頭を抱えた。
ネットを確認すれば、ひとひらの名を持つ、おろし金や菓子、料理皿など。なかなかさまざま。

なんだろ。思いつかね。
物書きは仕方がないので、急須に茶っ葉などブチ込み、85℃より少し上の湯を入れる。
葉のしっかりした静岡茶、川根産の針のようなそれは、しかし温かい湯を受けて、
ひとひら、ひとひら。膨らんでは香りを出す。

――――――

前回投稿分からの続き物。
お題回収役の後輩、もとい高葉井は、近所の稲荷神社でワンワン泣いてる女性を見つけまして、
彼女はつまり、初任給で購入した大事な大事な一輪挿しを、不注意で割ってしまったとのこと。

ふーん。そうなんだ。ネットワークの広いオタク、高葉井は、名案ひとつ、思いつきまして。
それが、金継ぎだったのです。
それが、同じ推しを共有する仲間だったのです。

「ねぇ、アナタさ、その小さい焼き物のためだけに、7千とか1万とか出す覚悟、ある?」
「えっ……?」

高葉井がメッセージを送ったのは、同じ推しとカップリングを信仰する、オタクの知り合いでした。
「金継ぎしてくれるひと、1人知ってるの。
この近くに住んでる。多分やってくれる」
自分の大事なものが壊れてしまったときの絶望を、高葉井は知っておりました。
壊れてしまったものを修理してもらえたときの歓喜も、高葉井は知っておりました。

「相場は1万くらい。割れたとこがくっついて、ヒビのラインが金でキレイになるの。
どうする?1万、出す?やめとく?」
推しゲーコラボの万年筆を落としてしまったとき、
それを直してもらえたとき。
高葉井はこの女性に、過去の自分が見た風景を、重ねておったのでした。

さぁ、今こそオタクの本気を見せるとき!
この尊い、きっと今年か去年上京してきたばかりであろう若い女性の心ひとひらを、
悲しみで、魂の苦痛で、散らしてはなりません!

「直せるんですか」
パッ、と顔を上げた女性の瞳には、涙のせいもあるでしょうけれど、光が宿っておりました。
「直してもらえるんですか。この世界には、これを元に戻す技術があるんですか」
女性はポケットから、きっとソッコーで支払いをするつもりだったのでしょう、
財布を取り出そうとして、でも割れた一輪挿しが両手をふさいでおるので、ただただ高葉井に、
文字通り、すがるように、言いました。

「お願いします、連れてってください、
直せるひとに、会わせてください」
あ、わたし、アテビといいます。
慌てて自己紹介を始める女性を、高葉井は自分がフォローしているオタク仲間のお店に、
さっそく、案内するのでした。

――さて。時が進んで場所も変わって、
涙の女性こと「アテビ」と高葉井は、蒔絵細工と金継ぎされた小物が置かれた、昔は高級パン屋さんだったと思しき小さな小物屋さんにゆきました。

「おお、高葉井氏!待っておったですぞ」
店の多くから現れたのは、数枚の紙を持った、若い男性の店主さん。
「高葉井氏は小生の、俺の魂の恩人。頼みとあらば引き受けざるを得ない。ふんふん」

わぁ。随分と特徴的な店主さんだ。
アテビがきょとんとしておると、店主は持っていた紙をテーブルの上に広げまして、
「さてと」
その紙には、割れた一輪挿しの修理後イメージが、
そのまま金継ぎだけで直したものと、
金継ぎの他に蒔絵も施したデザインの3種類が、
それぞれ丁寧に、1枚ずつ、書かれておりました。

「小生、『ツルの金継ぎ師』の名前で、SNS活動しておりましてな。金継ぎにプラスアルファで、蒔絵のイラストなど、ご提案してる次第」

これなど、いかがですかな。
店主がアテビに見せたのは、縦に割れた一輪挿しのヒビを、金継ぎの技術でもって若木に見立てて、
その若木から蒔絵の技術で、ひとひら、ひとひら。
桜の花と桜吹雪を描いたイラスト。
薄黄色の背景と合わせて、とても明るく、とても春らしい美しさが、そこにありました。

「お渡しは、3ヶ月後になりますな」
店主さんが言いました。
「お値段、けっこうかかりますぞ。
アテビ氏、金銭面が不安であれば、普通の金継ぎだけの方をセレクトすべき」

「この花のイラストを、いれてください」
アテビは感極まって、また泣いてしまいました。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
一輪挿しを直すだけでなく、その割れたラインを「それで良いんだよ」、「それが良いんだよ」と花を添えてくれる店主さんの提案は、
それはそれは、見事なものでした。
まだ大丈夫だよと、言われているようでした。

4/14/2025, 7:38:45 AM