今日も日が沈んだ都会は眠らない街へと色を変える。
テーブルの上から大事に乗せてあった煙管を手に取ってベランダへ出る。それなりに賑やかでそれなりにアダルトで。3分もいればその場の雰囲気に酔いしれて気分が最高潮へ達してしまう。我を保つためにも苦味のある空気を吸ってひと息吐く必要があった。
ふと見下ろすと一人スーツをきめた男が目に入る。ホストは色恋営業が禁止されてるらしいけど、姫に打ちのめされたのか商売道具のご尊顔を赤く染めて裏路地から出てきた。
「てめぇで叶わないってわかってて恋したんだろうが。惚れた顔に傷をつけるなんてな…」
ふっと軽く鼻で笑ったものの、人様のいざこざを笑えるほど、自分も偉い人間ではない事、ろくな生活をしてない事は分かりきっていた。
ここまで憧れてやってきたのに、本当に何やってんだか。自分に絶望してもなお、夜のネオンに心躍らせているのは変わらなかった。
煙管を咥えてもう一度思いっきり吸って、愛おしそうにゆっくりと吐いた。苦くて、でも甘ったるいこの街の匂いに比べたらずっと美味しかった。
狭くて暑苦しいのにどこか冷めている寂しい街。空を見上げた時、埋めつくしているのは学生時代に黒板から目を逸らした時に見えた空よりも深く複雑な藍だった。この街に染まりきらない空に腹が立ってたったひと息の煙で濁した。果てしなく遠くてちっぽけな都会の空には届くことは無かったけど少しだけすっきりとした心持ちになった。
もう少しだけ起きていよう。そう決めて少しだけ微笑んだ、そんなとある夏のとある都会の夜のお話。
題材「Midnight Blue」
8/22/2025, 1:42:48 PM