「えーー…?」
あなたは大変胡散臭そうに眉を歪めた。
それもそうだろう、何せ、あなたが持っている封筒の差出人には『10年後の』と書かれているのだから。もちろん、宛名には『10年前の』と。
同じものがわたくしの手にも一通。
何の変哲もない茶封筒に、印刷文字でわたくし宛てということと、どこかの会社名が書かれている。
「おや」
「あーっ、きみはまたそうやって何の警戒もなしに開けちゃうんだから!」
「どうやら何かに当選したらしいですよ?」
「そんなありきたりな胡散臭さ…」
茶封筒の中にはコピー用紙が一枚と、きれいなシールで封がされた便箋が一枚。
コピー用紙の最初の一文は赤い文字。
『ご当選! おめでとうございます!』
それから黒く落ち着いたフォントが本文を印字してゆく。
『このたびは、10年後のお客様に当キャンペーンへのご応募をいただき誠にありがとうございます。たくさんのご応募の中から厳正なる抽選の結果、お客様は過去へのお手紙キャンペーンにご当選されました。
・当選者:[10年後のお客様]
・賞品:[10年後のお客様から、現在のお客様へのお手紙一通](お手紙は10年後の同月同日、同時刻のお客様からのものとなります)
10年後のお客様へのご返送はお伺いできません旨、あらかじめご了承ください。また現在のお客様のご質問にお答えすることはできません。
弊社は現在より8年9か月5日後にグランドオープンを迎えます。御多忙でない際には是非ともお立ち寄り頂けますと幸いです。お会いできることを心より楽しみにしております』
「もー、ほら、すっごいあやしい」
「……でも、ふふ、10年後のわたくしからの手紙がちゃんと入っています」
「わっ…ほんとだ、えー……ぼくの字…」
シールで封をされた便箋を開けば、見慣れたわたくしの字が覚えのない文章を綴っている。となりで訝し気にしているあなたの手許にも、同じように10年後のあなたからの手紙――――らしいものがあるのでしょうね。
何かタネがあるはずだと、ブツブツ言いながら検分するあなたの、眉間のシワの深いこと。
そんなあなたを横目に10年後のわたくしから届いたらしい手紙に目を落とす。
『お早うございます。そちらはいま曇っているでしょうけれど、夕方の頃にはすっかり晴れますよ。けれど風が冷たくなるので、あたたかくして出かけてくださいね。
内緒で応募してみたら当選したので、そのときの反応は10年後のたのしみにしてください。
さて、何か助言しようにも、あまり意味はないでしょうし、わたくしが先達に受けたように有益な情報を残しておきます。
いつもの角のカフェがちょうど二か月後に、いつものメニューを一新しますから、その前に飲み納めておきましょう。新メニューもいいものばかりでしたから、代わりのカフェを探す必要はありませんでしたよ。それから国道線のハンバーグ屋さんが――(中略)――になるので、その前に一度足を運んでみてくださいね。
あなたの10年後がより良いものでありますよう。
追伸、今晩のディナーでいつもとは違う好みのものを選んでもいいかも知れませんよ』
便箋には10年後という仰々しさとは裏腹に、身近なものばかりが詰め込まれていた。
あなたはまだ眉間にシワを寄せたまま。
「ね、大丈夫だった? 変なの書いてなかった?」
「ええ、おいしい情報ばかりでしたよ。10年後のあなたはなんて?」
「なんか、おすすめのジムとマーケットのことばかり紹介された。えーー、ぼく、運動やなんだけど」
「ふふ、たのしみですね」
「えーー?」
不満そうな、不思議そうなあなた。
思わずその髪を耳にかけて、顔をまじまじと眺めてしまう。
#10年後の私から届いた手紙
2/16/2024, 4:20:27 AM