しば犬

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「はぁ...はぁ...はぁー」
いつもの道を走る
代わり映えのしないいつもの道
だからこそ季節の移ろいがわかる
茹だるような熱風も、じっとりと纏わりつく湿気も
騒がしい虫の鳴き声も、摩天楼のような白く高い雲も
今はもうどこにもない

涼やかな風が火照る身体にエールを送る
ドクン、ドクンと早めの鼓動のビートに合わせ
規則的に奏でる地面を蹴る音と鈴虫が歌を重ね
帰路に着く車の音がこの曲に厚みを出す
たまに聞こえるバイクのアドリブさえ、この曲の味と言えよう
朱色に染っていた空は、気がつけば
月明かりが灯る藍色の空へと移ろう

自分の走るタイムが遅くなったのだと錯覚するほどに
早く夜が訪れる
「……はぁ。まだ17:30だって言うのにもうこんなに空が暗い......ペースも問題ない。大丈夫」
夏も終わったというのに、まだ僕はこの習慣を捨てられない
気晴らし、暇つぶし、言い訳をしながら
この未練を捨てきれない
走ることしか僕にはできない
走ることの疾走感と楽しみを知っている
走ることの出来ない絶望を知っている
走ることで知った壁の存在を理解してる
走ることで知った頂きをまた見たい

早めの雪が降った12月のある日
酒鬼に惑わされた黒いサンタクロースが
義足を与えて
消えることの無い穴
全盛期に追いつくことのないスピード
戻らない体力身につかない技術

秋の訪れは、僕の焦燥感を加速させると共に
あと1年の猶予がある事を現実を教えてくれる
全日本の大会......最後の大舞台
ここで勝てなきゃ次は無いと妄執にも似たそれを原動力に変え静かに闘志の炎を輝かす

10/2/2025, 9:56:08 AM