真澄ねむ

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 菫は大学の講堂前のベンチに座って、空を仰いでいた。
 辺りを焼き尽くすのではないかと思うほどの熱波を放つ太陽が、燦々と輝く長い長い夏が、ようやく終わって秋が来た。それで喜べたのもほんの束の間で、あっという間に冬がやってきた。
 今日の朝は特に寒かった。だから、ヒートテックのシャツを着て、もこもこのセーターを着て、ニットのスカートに裏起毛のタイツもばっちり。手触りのいいフリースの上着も着ている。昼間になると却って暑いかもしれないが、そのときは脱げばいいだけのこと。
 実際に昼になって、こうやって外にいると、日向にずっといれば確かに暑いかもしれない。でも、日陰にあるベンチに座る菫にとっては、時折、冷たい風も吹くから丁度よかったと思っている。
 空は北の方向は真っ青で、南の方向が灰色になっている。家に帰る頃には、もしかすると雨が降っているかもしれない。折り畳み傘を持ってくるのを忘れてしまった。最寄り駅から家までの短い時間、雨に濡れることになるかもしれない。――そんなとりとめのないことを考えながら、菫は彼を待っていた。
 ふと視界に影が差した。菫、と名前を呼ばれたので、彼女は振り向いた。
「待たせて済まない」
 彼女の顔がぱっと明るく輝いた。
「伸くん!」彼女はぽんぽんと自分の隣に座るよう彼に促した。「さっき来たところだから大丈夫だよ」
 彼は菫の隣に座りながら、掌を彼女の頬にあてた。彼女の頬はひんやりとしていて、到底数分前に来たとは思えない。彼女の顔をよく見ると、鼻先や頬骨の辺りが赤くなっている。
「……の、伸くん?」
 自分を見つめる彼の真剣な眼差しにどぎまぎして、菫は恐る恐る声をかけた。彼が寡黙で思索に耽る性質だということはわかっているものの、ずっと凝視されるのは気恥ずかしいというもの。
「ああ、いや……寒かっただろう」
 彼は控えめな笑みを口許に浮かべると、自分のマフラーを彼女に巻いた。ふわふわのマフラーに菫の顔が埋もれてしまう。何とか顔を出した菫は彼に向かって大丈夫だとでも言いたげに、にっこり笑った。それにしても、この肌触り、憶えがあるぞ。
「伸くん……これって、もしかして」
 ちらりと彼を見やると、彼は頷いた。
「ああ。お前に貰ったものだ。愛用している」
 彼の率直な言葉は弾丸のようで、菫の心を撃ち抜いていく。嬉しさと気恥ずかしさで菫は顔を赤くした。
「気に入ってくれてるなら……嬉しい」
 彼女はそう言うと、はにかんだ。

11/26/2023, 4:21:16 PM