僕は今日も海へ向かう。
「よう、今日も来たのか」
いつも釣りをしているおじさんがいる。釣り糸をキラキラ光る海の中へと垂らし、じーっとしながら僕を目だけで追った。僕はおじさんの後ろに置いてある、クーラーボックスの中を覗いた。
「悪いな、今日は不調だ」
クーラーボックスの中は空っぽだった。
仕方なく、おじさんの隣に座り、釣り糸の先を目で追う。おじさんは釣り竿を持っていない手で、僕の頭を撫でた。
「何も釣れずに帰ったら、嫁に小言言われちまう。何か釣りてぇよな」
おじさんはずーっと、海と向き合っている。
時々釣り竿を寄せて餌を付け替えては、また海へと糸を垂らす。僕はいつも近くで座っているだけだけど、おじさんの話す声や僕を撫でてくれる手が優しいから居心地が良かった。
「釣れねぇなぁー…これでも食べるか?」
おじさんは鞄からかつお節を出して、地面に置いた。
鼻にいい匂いが届く。これはとても美味しい。
「…これが今年最後の釣りだったんだよ、何にも釣れなかったなぁ」
おじさんは弱々しい声でつぶやいた。
「おい、野良猫。俺は明日から入院するんだ!検査入院だが、長引く可能性もあってな。釣りもしばらく来れねぇよ。もう魚をねだりに来てもやれねぇから…自分で餌を探せよ」
入院がよく分からなかったけど、あまり良くないことなのはおじさんの表情から分かった。
「にゃお…」
「またな、野良猫」
その日は結局、何も釣れずに、おじさんはてんこ盛りのかつお節を残して帰っていった。
翌日も、その翌日も、僕は海へと向かう。
何回海へと足を運んでもおじさんは来なかった。
8/24/2023, 12:27:53 AM