闇が寒いのか、寒いから闇なのかわからなかった。
氷点下の外気に触れたドアノブを握ると、自身の手さえ凍てつくような痛みに手を引く。鍵がかかっているらしい。薄着で放り出されたものだから防寒具を持っていない。徐々に失われる体温に身慄いした。とりあえず靴下を脱いで、それを尻に敷くことによって寒さを凌ごうと体育座りをして頭を膝に預ける。これでもう何回目の闇だ。
なにも、はじめからこんなふうになった訳ではない。
まさか自身の血縁を憎らしく痛めつけてやろうと思う訳ではなく、心が限界になっただけなのだ。他者の分を入れるだけのないくらい水嵩が増していて、だから溢れてしまう。なんて可哀想な人たちだろう。まるで百年の孤独を一日一枚捲っているような馬鹿らしいほど果てしない時間。孤独は孤独を生み出し愛憎は増してゆく。わかっている。愛が足りないから愛を求めて、そして愛の与え方を知らない。身体中に散らばる紫の星は痛みすらないほど慣れきってしまった。家族ごっこして大人になりきれない可哀想な子供に涙が溢れて、冷たさにまた涙が流れる。どうすれば素直に抱きしめ返してくれるだろう。地獄に生まれ落ちた哀れなこども。全部わかっていた。ずっと前の昨日は子どもだったのだから、まだ甘えても良いのだとどうすれば伝わるだろう。不幸は連鎖していく。私だけを置き去りにして物語が進んでいく。哀れな子供が私たちを生み出して、そしてまた新たな愛を知らぬ子が生まれ落ちた。無垢な笑顔は満ち足りていた。聞きたくない事だらけを理解する頃、世界に絶望してしまうだろうか。傍観者で居続けるのも苦しい。道ゆく人たちの不幸そうな顔ばかりが目についた。誰も彼もがこどもの時間がなかったような顔で笑っていて、まるでチープな劇のよう。
ガチャリ。鍵が開く音。靴を履いて一歩踏み出した。
一面が白で埋まった世界にひとつだけ足跡が残っている。
それを綺麗に上から踏みつけて歩き出した。
とりとめもない、白い闇の中で過ごした子供の話だ。
めくるめく日々は頽廃に満ちて。
生まれた時からの記憶がある人はあまりいないようで、記憶力の良さに苦しむ事もありました。人より理解が早かったので、例えば幼児が理解しないだろうという思い込みからくる乱暴な言葉や態度なんかが焼き付いて離れません。でもみんなもずっと前の昨日はこどもだったのだから、私と同じだと思うようになったら何もかもが許せるようになるのです。
少なくとも、生まれ落ちた時の暖かな腕と湿った空気は本物の愛に違いありませんでしたから。
とりとめもない話
12/17/2024, 12:27:37 PM