【一年後】
息を吐き出せば白い煙が、鈍色の空へと昇っていく。降り積もった雪が、世界を純白に染め上げていた。白と灰色だけで構成された、毎年見慣れた無機質な冬の世界。そこに真っ赤な椿が最後の一輪、艶やかに咲き誇っていた。
「そろそろ時間だよな」
「うん、そうだね」
俺の問いかけにソイツは美しく微笑む。出会ったのは子供の頃だった。親父に叱られて家を飛び出して、迷い込んだ人気のない神社の境内。恐ろしいほどに赤い椿の花の横にひっそりと佇んでいたソイツは、ぼろぼろと大泣きする俺の頭を撫でて宥めてくれて。そうしてそれからずっと、この縁は続いている。
「ねえ、もういい加減忘れてくれて良いんだよ? 君にだって君の付き合いや生活があるだろうし」
「良いんだよ。俺が好きでやってることだ」
少しだけ寂しげに眦を下げたソイツの肩を軽く小突いた。雪と同じくらいに白い手をそっと取れば、冷ややかな温度が伝わってくる。
「また来年、待ってる」
「……うん」
初めて会った日と何一つ変わらない姿で、ソイツは小さく頷いた。今にも泣きそうに瞳を歪めて、だけどこの上もなく幸せそうに口元を綻ばせる。
「ありがとう、またね」
――ぽとり。軽い音を立てて、椿の花が地へと落ちた。手の中の温もりが消え失せる。俺はただ一人、雪に覆われた境内に立ち尽くしていた。
地面に転がった椿の花を拾い上げた。両手で包み込んでも、そこにアイツの温度はない。再び会えるのは一年後、椿の花が咲く頃だ。
それまでまた一年、枯れないように手を入れよう。肥料を撒き、害虫を駆除し、夏になれば剪定して、次の冬にしっかりと花を咲かせるように。
椿の花をそっと、さびれた社へと横たえて。雪の降り積もった石段を一人きり歩き始めた。
5/8/2023, 1:08:42 PM