ススキ
空き地でギターとベースの音合わせをしているところに、リスが慌てて駆け込んできた。
たいへん、たいへん。白うさぎくんがバンド辞めるって。
なんだって。
ふたりが驚いて顔を見合わせた。
理由はなんだワン?
それがね、ススキのスティックが折れちゃったの。それでもう、ドラムは叩けないからって落ち込んでるの。だからもう田舎に帰るって。
にゃあんだ、そんなことか。ススキなんてそこら中に生えてるニャ。わたしがサッと行って取ってくるニャ。
ダメダメ。それじゃダメなの。
なんでニャ?
白うさぎくんのスティックは特別製なんだって。富士山を見つめる、満月の光を浴びたススキじゃないとダメなの。
次の満月は確か……。今日だワン。
白うさくんはいつ田舎に帰るニャ?
明日なの。
沈黙が流れる。ギタリストのイヌ。ベーシストのネコ。ヴォーカルのリス。3人が見つめ合い、決意が固まる瞬間を感じながら、同時に頷く。
行こう。富士山の見える丘へ。
3人はすぐに支度し、ゴミ捨て場へ向かった。
ゴミ捨て場には、運良く、3羽のカラスタクシーが留まっていた。
走ったまま立ち止まること無く、3人はそれぞれカラスタクシーに飛び乗った。
富士山の見える丘まで。超特急で頼むワン。
ふ、富士山まで?かなり遠いですぜ、お客さん。
なんとしても今夜中に行きたいニャ。高速料金も払うニャ。
そうですかい。そういうことなら、行きますぜ。ちゃんとつかまってなよ。
3羽のカラスが空高く舞い上がる。風に乗って一気に加速した。見慣れた家々があっという間に後ろに流れていった。
数時間後。
お客さん、すっかり夜になっちまったが、どうだい、この辺で。
長時間のハイスピード飛行移動でヘトヘトになった3人が、カラスの背から頭を出して周りを見た。
あ、あそこ。あの丘がいいんじゃない。
リスが指差した方向を見てふたりも同意した。
タクシーがゆっくりと着陸。途中、高速領域に入った加速で、リスが振り落とされて別のカラスタクシーに拾ってもらうというアクシデントがあったが、なんとか目的地にたどり着いた。
周りの景色をみながら3人は大地へ降り立った。そこには……。
冠雪を頂いた富士山。その手前には、満月の光で銀色に輝くススキの絨毯が広がっていた。風が吹くと、ススキはささやくように音を立て、静かなオーケストラの始まりようだった。
綺麗だね。
綺麗だワン。
綺麗だにゃ。
3人ともしばらく、目の前の光景に酔いしれていた。
ハックション。いやぁすいません、お客さん。帰りの時間もありますんでそろそろ。
あ、そうだね。急いで帰らないと。ふたりとも、ススキ取ってきてくれる?
イヌとネコは1本ずつススキを摘んで、大事に抱えながらカラスタクシーに乗り込んだ。
じゃあ運転手さん、帰りも超特急で頼むワン。
3羽が丘の上空に上った。ススキの野原の上を2、3度旋回し、ぼくらの町へ針路をとった。
翌日。
はい、白うさぎくん。
3人を代表して、リスが2本のススキを差し出した。
これは……、もしかして。
うん。富士山を見つめる、満月の光を浴びたススキ。3人で取ってきたの。これでまた、ドラムできるよね。みんなでまた、バンドやれるよね。
みんな……。ありがとう。
白うさぎは涙を浮かべながら、ススキのスティックを受け取った。
よし、じゃあさっそく演ってみるワン。
白うさくん、何かやりたい曲あるかニャ?
えっとね、えっとね。実はこっそり練習してた曲があるんだ。
なになに?
えっと。スレイヤーの「Angel of Death」。
……。あの?ヘビメタの?スラッシュ・メタルの?
うん。
3人が声を合わせた。大声で。
そりゃあ、ススキのスティック、壊れるよ。
11/10/2024, 11:28:09 PM