なまえのない物語

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隣に座るあなたと、ふわりとした空気につられて気が緩んだのだろう。
「しまった」と思った時にはすでに、生ぬるい感触が頬を撫でて落ちていた。
楽しげに話していたあなたが、はたとこちらを向きその目が僅かに開く。
こんな時、いつもよく動く舌は動いてくれない。
数回瞬いたあとにゆるりと細くなる目。
私は何も言えず、そっと視線を外した。
今はその瞳に映さないでほしい。
あなたの中ではずっと笑っていたいから。
今はその瞳で見つめないでほしい。
安らぎを求めて、縋りそうになるから。
ただ、カラン、と氷の溶ける音が響いた。

《安らかな瞳》

3/15/2026, 8:40:07 AM