かのこ

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『秋恋』2023.09.21


 秋というものは、わけも無く人恋しくなる季節だ。
 ひんやりとした朝晩の空気、野山を紅く染める葉。
 それなのに、僕の心は紅く染まることがない。
 あの人が傍にいれば、紅葉するのに。
 あの人の趣味である盆栽の紅葉もきっと、紅くなっている。
 大切にされている自負はあるが、それもきっと僕の亡父のお陰だろう。
 今の僕の地位があるのは、亡父のお陰。
 そんなことぐらいは、分かっている。
 それでも、あの人に愛されたいと思うのはいけないことなのだろうか。
 無口なあの人から、沢山の愛の言葉を賜りたいと思うのは罪なのだろうか。
 もし、今この場にあの人がいたら、どんなふうに話しかけてきて、どんなふうに僕を見てくれるのだろうか。
 想像するだけで、胸の奥が締め付けられる。
 しかし、隣を見てもあの人はいない。
 ただ、いつかあの人から頂戴した紅葉の盆栽だけが紅く色づいている。
『あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む』柿本人麻呂

9/21/2023, 10:36:49 AM