Ryu

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雨の日はプラネタリウム。
現実の空には見えない星達を、シートに身を沈めてひとつひとつ数える。
そのひとつひとつが何らかの姿を形作り、太古の昔より、人々はそこに宇宙の物語を読み解いてきた。
それは、星達が織りなすデザインアート。

どこかの席の子供が泣き出した。
現実に引き戻される。
「ケンタウルス座は、ギリシャ神話に登場する上半身が人間で、下半身が馬の姿をしたケンタウルスをモチーフにした星座です」
美しい声音のナレーションが降ってきた。

照明が消え、一瞬の暗闇。
星達の輝きも消え失せる瞬間。
この街の夜空のように。雨の日の夜空のように。
ケンタウロスの咆哮が遠く聞こえ、雨は激しさを増す。
窓の外には、暗く立ち込める雲。
まだ、帰れそうにない。

館内のベンチに腰を下ろし、目を閉じて、まぶたの裏に先ほどの星達を思い描いた。
何かが問いかけてくる。
「ほんとうのさいわいは、いったいなんだろう」
そんなこと、分からない。
考えたって、分からない。
今はただ、この雨が止んでくれることを、心から願う。

「魚座、見つけられるかな」
さっき、泣いていた子供だろうか。
母親の声が答える。
「この雨じゃね。夜になって雨が上がったら、見えるかもね」
「秋の星座だって言ってたよ。僕の誕生日の星座なんでしょ?」
「そうだね。家に帰って夕御飯を食べたら、ベランダに出て探してみようか」
「うん!今日の夕御飯、何?」

奇遇だね。僕も同じ魚座なんだ。
以前ネットで調べたら、魚座は、常に空想と現実を行き来する精神を表す「リボンで結ばれた魚」がシンボルマークになっている、とあった。
…空想、か。
空を想う、そんな時間を過ごした後で、人々は思い思いに家路を辿る。
そこに「さいわい」はあるのだろうか。

ベンチで目を開けると、自分の周りには誰もいない。
魚座の話をしていた親子の姿もない。
さっきまで声が聞こえていたのに。
雨は上がったようだ。僕ももう帰ろう。
待つ人のいない部屋だけど、そこには僕の物語がある。
「さいわい」を見つけられるのはまだ先かもしれないけど、きっと、願い星は今夜も夜空に輝くだろう。

「僕もう、あんな大きな暗の中だってこわくない」

10/5/2024, 1:27:54 PM